たばたけんじの日記 (田畑 賢司)
元 岡山市議会議員 田畑けんじ の日々思うこと…
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2018/06/05(火) 夢と消えた百円札
わが家を出て、細い路地を二つほど抜けて表通りへ出ると小川があった。橋の手前の左は駄菓子屋であり、右手は和菓子屋であったように記憶している。その下手は民家の壁や塀であったため小川の流れが見渡せる。わたしが駄菓子屋で飴を買って、和菓子屋の前を通り過ぎると、「なんと!」わたしの目は見開かれ、キラキラと輝いた。なんと!お札が流れていたのだ。当時の百円といえば、わたしなど見たこともないほどの大金である。このお札は表面には聖徳太子と夢殿が描かれており、裏面は法隆寺が描かれていた。発行開始は1946年(昭和21)年3月1日であり、停止日は1956年(昭和31)年6月5日である。戦後の猛烈なインフレを抑えるために発行された新札であった。旧紙幣は無効とされ、強制預金とされた。大慌てでの新札発行のため、他券のデザインを使用し、識別のために表面中央下に赤い瑞雲を入れたという。そして、この百円札には組番号を入れず、1枚1枚固有の記番号を付したという。また、透かしも入れられている。但し、新円切り替え後のお札なので有効とされてはいるが、乙号券やい号券は失効しているので間違えないようにとのことである。この百円札に目を輝かせたわたしはもちろん川に飛び込んだ。そしてバシャバシャとお札を追いかけ、流れゆくお札を掴んだのだった。両手でわたしゃお札を広げた。「やったあ!」と喜び勇んでお札を左手に石垣をよじ登り、岸辺の道に立った。その時であった。「そりゃあ、俺のだ」と大人の男にお札をとりあげられたのである。わたしはその場にヘタヘタと座り込んだのであった。聖徳太子はわたしには微笑んではくれず、夢殿のように夢と消えてしまったのであった。わたしは岸辺の道でしばらく茫然自失の様であった。


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