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2016/11/26(土)
日露の領土問題について(24)
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1997(H9)年11月、日露首脳はクラスノヤルスク合意(東京宣言に基づき2000年までに平和条約を締結するよう全力を尽くす)をおこなった。そして、翌年の4月、日露首脳会談に於いて日本側は「択捉(エトロフ)島と得撫(ウルップ)島の間に国境線を引くことを平和条約で合意し、政府間合意まではロシアの4島での施政権を合法と認める」案を非公式に提案した。しかし、ロシア側は「国境線確定を先送りし平和友好協力条約を先に締結し、別途条約で国境線確定に関する合意をしよう」との案を非公式に提案した。これがモスクワ提案である。これらの非公式提案を経て2001(H13)年3月、「日ソ共同宣言が平和条約交渉の基本となる法的文書である。1993年の東京宣言に基づいて4島の帰属問題の解決に向けた交渉を促進する」との合意文書に日露首脳が合意し、署名した。イルクーツク声明である。このように日露首脳及び特に日本政府は法と正義に基づく議論がおこなわれていないことは明白であり、またとても残念なことである。日本政府にはもっと大局的に議論をしてほしいと願うものである。アメリカではプーチン氏と米露友好を願うトランプ氏がこれまでの対露政策とは違うカードを切った。一方、2年後に大統領選挙を控えたプーチン氏はロシア経済の低迷、国民の不満増大をクリミア併合で求心力を取り返したものの経済的には欧米の経済制裁でさらに苦しい状況に追い込まれている。そのため、日本やインドなどに打開の道を模索していることが窺える状況である。今少し、現時点でのロシアの抱える問題を掘り下げてみよう。
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