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2015/05/01(金)
九州は火の国
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「筑紫国を白日別という」の意味は筑紫国が諸国を統率する国だということはわかった。では、他の3国の意はどうであろう。「熊曽国は建日別という」の意は、建はタケルであり、勇猛なの意であるので、勇猛な国であるということになる。「豊国は豊日別という」の豊はトヨと読み、今は「ゆたか」の意と思われる。しかし、小平氏はトヨむ(どよむ)が正しいと言う。その説を採用すれば「豊国は鳴動する神聖な国である」という意になる。なぜ神聖なのか?それは卑弥呼の後継者である台代(トヨ)の地であるからだと言う。うむ、そうであれば天孫降臨の地である高千穂も納得できなくはない。そもそも九州は霧島火山帯に覆われている。阿蘇のカルデラは大きさでは世界一だ。姶良(あいら)は桜島を含むカルデラ、指宿(いぶすき)は薩摩半島から大隅半島にまたがるカルデラ、鬼界は種子島西方の硫黄島(鬼界が島)を含むカルデラで約6300年前の大爆発は噴煙や火山灰で九州南部には人が住めなくなったと言われている。九州全土が火の国であり、鳴動する国であったことは確かだ。(その後、現在の熊本県(肥後国)はいまでも火の国と称しているが、小平氏はこの時の肥国は現在の肥前、肥後ではないという)「肥国は建日向日豊久士比泥別という」の意は勇猛で朝日を迎える鳴動する国であるという意味となる。建日は勇猛。向日は朝日を拝む。豊はどよむであり台代である。久士比は神聖さを強調する言葉であり、古事記記載の肥国は現在の宮崎県、鹿児島県(日向、薩摩、大隅)だと小平氏は言うのだ。う〜ん、今少し、わかりかねているわたしがいるのだ。だって、台代は豊国と肥国の2国にまたがることになってしまうではないか。加えて、それでは、後の肥国とは何がどう違うのか?現在の肥前及び肥後、つまり肥国はどう理解すればいいのだろう?
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