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2011/08/15(月)
ともかくも生あり灯ありうれしくて
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今日は66回目の敗戦記念日。戦争で兄弟子どもを亡くしたうえ神戸、岡山と空襲から命からがら生き延びた母の敗戦感が表記である。とにかく命が助かってよかった。じゅ縛、束縛から解放されたのがうれしかった。その象徴としてなによりも夜自由に灯を点すことが許されるのがうれしかった。今回の敗戦記念日は東日本大震災の爪痕が生々しく残る中で迎えるのだが、復興への気持ちが少し戦後と違う気がする。「明るさ」が見えないのはなぜだろう?開放感の違いだろうか?閉塞感が漂うのは将来の国の姿が見えないという理由だけではないだろう。そんな中で若者たちが被災地ボランティアに自弁で参加している姿にこころ打たれる。ここに日本の未来がある予感がする。財界・企業家やそれを支援する政治家が日本を捨てて海外に移って行く中、それを支援するもたれあいが続く中で。
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