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2020/10/15(木)
「奪い合う社会」ではなく「分かち合う社会」に 第6292回
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本日の小林の健康状態ですが、平熱(36.6度)、痰無し・咳無し・味覚&嗅覚障がい無しで、鼻づまり無しです。
17時00分〜18時45分は、横浜道場(西が岡小学校体育館)に幼年等の稽古でした。 19時〜20時45分は、同所で中級以上の稽古で、形中心で行いました。
さて、タイトルの件ですが、一昨日人に対する「手段」と「目的」について、少し書きました。
人を手段とみる昨今の考えと行動が凝縮されたのが政権、大企業そして金持ち(上級国民)の「金だけ 物だけ 自分だけ」です。これは、新自由主義の当然の帰結です。 「新」としていますが、実際は資本主義が勃興して来た当時の「弱肉強食」のという意味なのです。つまり「弱肉強食資本主義」なのです。弱い者は負けて当然で市場から退く、極めてシンプルです。更にそれはグローバル企業の要求なのです。「自由」は、グローバル企業が自由に市場を席券し、国民を食い物にする資本主義なのです。「規制改革」とか「守旧勢力打破」とか「前例にとらわれない」とかの美辞麗句の真の意味は、「グローバル企業の為の」という形容詞が付いているのです。
当然でしょうが、新自由主義は、「自助」を第一番目に挙げる現政権の基本的スタンスです。菅首相の事実上のブレインが竹中平蔵でありデービッドアトキンソンである事から、それは明確です。
今の社会が向かっているのは「奪い合う社会」です。これを「分かち合う社会」にして行かなくてはなりません。
その為にも、政治の刷新が重要です。
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