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2013/06/15(土)
風俗史学会
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風俗史学会の関東支部大会に参加しました。 関東支部には近代史、近世史、服飾史、比較風俗史、社会史と5つの分科会あるので、様々な研究分野の方々がいらっしゃいます。 誰もが、装束に対しての知識があるわけではありません。 「十二単の場合、明治以後は、足元は袴と共地のパンプスなんですよ」と言うと「まぁ、そうなの!」と。
でも別な情報をお持ちでした。
袴の着用とその際にパンプスの利用、ネックレスの装飾などをイッチク氏が提唱したのだとか。 着物の敷居の高い点は「帯び結び」と「はきなれない草履」、これを用いずに済むのが袴姿です。 誰も提唱しないのかと不思議だったのですが、やはり提唱された方が存在していました。 今浴衣の帯の上にふわふわのオーガンジーを結ぶのがありますが、袴の後ろにああいうのをつけるのは大正時代に既にありました。「窓際のトットちゃん」で、おばあ様がされていたと記述が出てきます。 袴が一般化すると、そういう自由なファッション展開が可能になるんですけどねぇ。業界サン、提唱しないんですかぁ?
この学会なら袴姿は気にされないかと思ったのですが、別な意味で話題になった袴姿です。
この日の着物は、薄茶の単、燕の文様に透き紋織りにしたもの。地としてはかなり薄手ですが、透けない。この時期向けのセオリーを守りつつ、ここ最近の気候に合わせたもの。 地紋が「燕」という自体、いかにも「この時期」です。 6月は着物は「単」といい、縮緬の単仕立などが一般的なものになりますが、昨今の6月の気候は30度前後、とてもそんな「厚手」の着物は着られません。といっても、7,8月向けの「透ける着物」に属する紗や絽は、コダワリを持つ方の前で着用するには問題あり。祖母や大伯母の着物にもやたら薄手の単(で透けない)ものがあるので、この時期の着物は、そういった「薄いけど透けない単」が相応しいのかもしれません。 紫織庵の紗袷でもよかったんですが、ちょっと行方不明。 袴は、化繊の花田のぼかし。下が紺、腰あたりが薄花田でその間ボカシ。羽織は黒地にひょうたんのとび柄の紗紬風化繊。これは雨コート兼。何せ、時期は梅雨どき、着物が濡れたら、洗い張りですから。 靴は黒パンプスの7cmヒールに黒のハイソックス。大正時代はショートブーツですが、明治時代は黒パンプスに黒ソックスが袴姿での一般的な履物でした。 普段は草履に白足袋なのですが、雨模様なので、パンプスに。 雨草履は蒸れるので、できれば履きたくないのです。 袴ならパンプスOKですから。
髪は後ろにひとまとめの「とき流し」。着物ならアップする必要がありますが、袴はこの「とき流し」でもOKなのが便利です。
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