優妃 讃良の着物についておもうこと
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2012/11/17(土) サブカルチャーとは何ぞ?
先日の忍城時代祭りで「おもてなし武将隊の存在について、サブカルチャーの研究をしている」という博士に出会った。
てっきり「サブカルチャー的界面からの研究」だと思っていた。
「ところで、『サブカルチャー』って何ぞ?」と思って、ネットを引いてみたところ、メインの説明は良いとして「昨今、文学や歴史といった、本来ハイカルチャー(サブカルの対語)に属していたモノを志向することもサブカルチャーと捉えられるといった反転現象が起きている。特に、日本文学、日本史において著しい」旨の記述を見つけた。

曖昧に言っているが、つまりが、歴女のような存在をサブカルと定義するのだろう。彼女らは、アニメのキャラと同じに歴史上の実在人物を愛してやまない。(キャラ化された人物像を愛している場合も往々にしてあるが)

以前、娘の小学校の夏休みの宿題に菅原道真を取上げ、「SMAPの歴史や出版物を研究しても宿題にならないけど、道真だとなるんだよね」と、ハイカルの分類で言っていたが、何のことはない、現在、それは立派なサブカルである。
当時、娘は、同級生がSMAPのナントカ君のことを語るのと同レベルで道真を語り、机にブロマイド(道真の場合は、絵図レプリカ)を飾っていた。

もっとも、日本文学や日本史の大家である学会や博士様は、そういったサブカル人種と己等は同一カテゴリではないとおっしゃることが多い。
そういったサブカル人種をうっかり受け入れてしまった某学会から、研究者達が他の類似学会に移行してしまったという話も聞く。

気持ちはわからなくもない。実在の歴史人物の話をしていたと思ったら「xxx(ゲーム名)だと、ここはこういう設定だったんですよね」とつながると、そちらを知らない者としては反応できなくなる。
先日の忍城祭りで、昼食時にだんご串を咥えていた武将に「ゲージ回復?」と突っ込んで「わかります?」なんて会話は、サブカル人種同士ならではのものだろう。その一方で、「武者座りはね・・」とか「兜を目深にかぶる意味はね・・」「狩衣は戦国時代じゃないとか、無知だよねー」「この間、xx家文書が発見されたんだって」なんてハイカルチャーな会話も並行して出てくる。サブカル扱いされている者の方がカバー範囲が広い。

思うに、日本文化は、サブカルがハイカル化する形で推移してきたように思う。
例えば、現在では歌舞伎も能楽もハイカルに属する。
しかし、江戸時代、歌舞伎は大衆演劇であり、歴史考証も無茶苦茶なサブカルだった。対して能楽がハイカル扱い。
その能楽も、室町時代は猿楽、田楽といった庶民芸能だった。その時期のハイカルは今でいう雅楽、舞楽だろう。
平安時代の女流文学も、当時の同人誌と見ることもできる。
当時のハイカルは漢文学である。
その漢文学をパロって楽しんでいたサブカルな記録が『枕草子』だと思うと「『枕草子』はハイカルかサブカルか?」って状態。
「源氏物語が大好き」な某日記作者は、源氏物語をパロったとしか思えない作品も残している。
ある全国模試で、その一部分が出て「下線を訳せ」という設問に、余りにBLな部分に頭がパニックしたお姫さんが、答えをかけなかったのも記憶に新しい。
その下線部、要約すると「妻の夫が妻の病気見舞いに来た。それを妻の兄が見ている。このような(容貌美しく、優れた)男に想われているとは妹はなんと果報者だろうか。『私も女だったら、言い寄られてみたい。いや、男であってもそう思う』」というもの。『』内が下線部。
日本部文学の平安ジャンル研究の先生が「平安女流文学はなまじなエロ本よりもエロい」とおっしゃていたし。
「男もすなる日記(にき)というものを女もしてみむとてすなり」と女のフリして書いたことにしている『土佐日記』も冒頭からして、何をかいわんや。サブカル風を気取ったというべきだろう。

ちなみに、本来のサブカルチャーの定義だと、メインカルチャーがマジョリティ(多数派)が嗜好するもので、サブカルはマイノリティ(少数派)のものを指すという。
この定義では、一般的な知名度を得た時点でサブカルではなくなる。


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