優妃 讃良の着物についておもうこと
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2012/11/12(月) おもてなし武将隊考
忍城には「おもてなし武将隊」がいます。今や、全国各地の城のあるとこなら、大概いるんじゃないかって位、いる気がします。
最初は某旅行会社が、観光誘致のためにそういう扮装の人物を置いたら、どうかと試み、それが当たったことから、全国に広まったというのは嘘かホントか。
まぁ、「あたったから、他の土地でも真似した」ってことには間違いないでしょう。

織田や豊臣、伊達など歴史にそう詳しくない人でも知っているような有名武将を有する城は楽々と。
はたまた、ゲームや歴女の注目の的の真田幸村を有する長野の上田城や、石田三成を有する彦根城も。(いや彦根は、ひこニャン、みつにゃン、さこニャンの方が有力かな)「そこに城あったの?」と思う「キャラが先ですか」の片倉小十郎を有する白石城なんかも健闘しています。

忍城は「豊臣の小田原攻めで、唯一陥ちなかった城」として有名ですが、しかも、ビックリなことに、忍城を攻めてたのは、あの石田三成で、「石田堤」なんてのまで残っている。
が、つい最近まで、そんな事実は地元民しか知らない話でした。
この地が日本史的に有名なのは、埼玉古墳群と稲荷山鉄剣です。
これは小学生の日本史でも教えます。

その埼玉古墳群だって、問題の三成が本陣を構え、その前には上杉謙信も陣を構えた場所です。
ちなみに、国道17号線というのは、謙信がこの地に攻めてくるのに都合が良いように整備した道路だそうです。
この謙信と小田原の後北条、常陸の佐竹が関東の戦力争いをするその三角境界線にあるのが、ここ忍城。

なーんて、どれだけの人が知っているのやら。

いっくら、その辺中に立て札立てて説明書いたって、お城の資料館で貴重な史料と共に説明図解したって、案外と記憶に残らない、っていうか意識されない。

松本城行って、「そういや、ここの城主って誰だっけ?」と思った。残る城としては姫路城に並んで名高い城ですが、高校生までで習う日本史程度では松本城は出てきません。

そこにおもてなし武将登場。「石川数正です」と名乗ると、これが簡単に頭に入っちゃう。
人の記憶機能の妙です。嘘っこでも、そこに人物がいると、その甲冑姿と共に人名がお城に結びついて記憶される。
これが、同じおっちゃんでも、ショボい普段着姿で「この城は石川数正が城主で・・・」と説明してくれても、その場は「ほぉ〜」と聞いても、城門出る頃には記憶に残っちゃいません。
それが人間の記憶というものです。

でもまぁ気になるのは、なんで、どこに行っても甲冑姿なのかってこと。
肩衣でも、裃でも、直垂でもいーじゃない。

実際、昨今、どこの城でも、登場人物を「戦国時代」に絞ってきていますが、以前は、江戸期や鎌倉、足利期と様々でした。
この辺は、いわゆる「戦国ブーム」なんでしょうか。
そして、戦国は甲冑姿の中でも、軽量化と行動快適さと経済性を考慮した結果の賜物である当世具足というもの。
洋服を着慣れた現代人でも、容易に着用でき、行動できます。
もちろん、着付けも、紐で結んでいくだけなので、一枚、説明用紙でもつけておけば、特定の着付け士を必要としません。
肩衣や裃は着物の仲間ですから、着付け士さんが必要になります。その分、主催者の負担が大きくなり、来た方も、立ち居を心得ている必要があります。ボケっとしてると裾踏みます。
それに、シミつけたら、雨に降られたら、とメンテも大変。
甲冑は、単価は着物よりも高いですが、こういった総経費で見ると安価になることがわかります。
まぁ、甲冑姿でも、立ち居は心得ている方がサマになりますが、「できてなくてもOK」は敷居を下げてくれます。

というのが、お手軽なる「おもてなし武将隊」なんですが、最近は、おっかけが付いていて、他地域の城の武将と交流会イベントするのにも追いかけていくのがあるとか。CD出すとこや、ステージで寸劇以上のことを演じる武将達まで現れました。
こうなると、中の人も「素人のおっちゃん」じゃ済まない。
それそれの技量を持つ人を求めることになるかと。
昨日の忍城祭に応援にきた関ヶ原東西武将隊の三成&吉継は、1時間、延々と関が原や行田のPRを含めて延々と面白おかしくトークします。近日中に関が原にある公共大ホールで芝居をするとか。芸達者な人間です。もちろん、おっかけがついてきました。
こうなると「三成」って言うより、中の人ファンかなとも思える部分を感じます。

彼のお蔭で関ケ原町に人がやってくるという意味では、充分にその役目を果たしていますけどね。
「おもてなし武将」ってそこまでアイドル化していいものか?
逆にそこまで個人に依存すると、次代の三成役が比較されるとか、そういうレベルを要求されるとか出てくるのではと。
今の三成は何年もその役をできるとは思えません。あれだけの技量があれば「おもてなし武将石田三成役」を足がかりに更に高みを目指すでしょう。そうなると、次の三成役は?
ギャラは高くならないか?町の予算はそれを支えられるか?
町の観光牽引は一過性のイベントではありません。
「継続できるか」それは、何よりも重要な事項です。

優妃は実は経営学部を出ているので、こういうとき、どうしても、経営的観点でモノを見てしまいます。
おもてなし武将に関しては、サブカル視点など色々な視点から研究が進むでしょうが、私としては、経済戦略としての位置づけで、思うままにつれづれと。


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