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2006/05/11(木)
三四月の紅梅の衣 −勝手な考察 −
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枕草子の「すさまじきもの」の段には、「三四月の紅梅の衣」があげられています。 訳せば「格好のつかないもの」といった段でしょうか。 旧暦だから、時期は今の4,5月にあたります。 紅梅の季節は今なら2,3月。縁起ものとしては、正月から着ます。 という初春から春の柄を初夏に着てるなんて、流行に鈍感よね、ってのが筆者の言い分。
でも、ちょっとまって、単なる「色柄」の問題でしょうか? 平安時代って、服地に「梅柄」のような明示的な柄を織り出したりすることは稀でした。だから「梅の衣」といっても、それはかさね色目のことだったと思うのです。 色の重ねで言えば、蘇芳、赤、紅梅、薄紅などを使ったものになります。(重ね方は諸説) でも、これらの色は5月なら、躑躅や撫子の色目に使う色です。 同じ色目の衣でも季節によって呼び方を変えるのが当時でした。 だから、同じ色目を「紅梅」って呼ばずに、5月の色目の名前で呼べば問題ない筈なのに・・・・
というところで、実は、紅梅の衣と躑躅の衣には大きな違いがあったんですね。 というのは「仕立て方」 紅梅の季節は冬から初春。寒い季節ですから、練り絹に綿入の着物です。四月一日を「わたぬき」というのは、この綿入の着物の綿を抜いて、綿なしの着物を着るからなんですね。
装束の場合、4月にもなれば「初夏」で、一番下の単は「生絹(すずし)」という透けた生地を使うようになり、上も袷とはいえ、生絹のソレになります。
同じ色目といっても、片や「練り絹に綿入」、片や「生絹でスケスケ」ですから、その違いは一目瞭然。
って、考えると、初夏の爽やかな気候の中を、もこもこの冬物着て来る人って、どんな事情の人だったのでしょうか?
今なら、夏の透けたシフォンのワンピースなんかがいる電車の中にフラノのオーバーコート着てる人が乗ってきたら?って感じかしら。 そりゃー、すげー違和感!
清少納言の思惑がこの意味だったかはわかりません。 ま、「勝手な考察」ということで。
ここ数日、涼しいというか、寒い日があって、家では、ストーブなか焚いちゃう日もあるんだけど、電車にフラノのコート着ている人を見て、「寒いって言っても、もう5月なんだからねぇ」と思っちゃった次第。
よく質問に出てくる「紅葉は初紅葉扱いできますか?」も、秋の紅葉は11月で袷の季節、初紅葉は5月から6月で単の季節です。青紅葉って言う夏から初秋にかけては薄物の季節。生地見ると、いつの季節用のかわかってしまう次第。
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