優妃 讃良の着物についておもうこと
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2004/08/14(土) 花火大会に行く着物
本日はお台場に行ってまいりました。
知る人ぞ知るイベントに。今年は30周年だそうで。
何事も10年続けば「モノになる」といい、組織ならば「20年肥えればひとかどの」と言われています。とすれば、30周年ということは、なかなかのものでしょう。
今回は、着物関連でも、装束関連でもないので、私のイデタチは端折ります。興味のある方は、掲示板で御覧下さい。

同じ日、そして同じところで、夕刻からは「東京湾岸大花火大会」がありました。最近は浴衣を着てくる人が多いですね。
イベント参加者の中にも、そのまま見物に行くのか、浴衣姿が。
しかし、今回も見てしまいました。やっぱり、肌襦袢と腰巻、もしくは浴衣スリップ(肌襦袢と腰巻の合体したもの)をつけましょうョ。パンツとブラがお台場の強い日差しに、スッケ透け。
更に帰路を高崎線に取ると、今度は同方向に浴衣姿。熊谷でも恒例の花火大会なので。浦和辺りから、既に浴衣姿は見かけ、大宮を過ぎると随分沢山いるようになりました。結構遠くからも見に来るんですね。
男性陣もGパンにTシャツでなく和服姿も。しっかし、この距離を甚平で行くのはやはりナンです。襟元から見える、脇の綴じ目から見える、半ズボンの膝下が見える、どころか、袖口から脇の下が丸見え(手上げてたからですが)。それに、いかにも安物な薄い底のゴム草履。軒先からの花火見物ならともかく、1時間も明るい電車に乗っていくのは、やはり不向き。

一方、着流し浴衣の男性も結構みかけました。見覚えのある柄。ユニクロが浴衣を出したってのは、かなり効果があったようで。
もーう!男前が3割アップ!! カップル揃って浴衣なんて、もうサイコー!

2004/08/13(金) 入盆
今日から盆の入りです。
今年は春に祖母が亡くなったので、初盆でもあります。
祖母に関しては、ちょっと不思議な偶然があります。
2000年の正月。私は帰省せずにいました。
これは、「2000年問題」が起こったときのための待機でした。
会社にすぐにかけつけられるように、会社に一番近い、祖母の家を待機場所としました。
祖母が正月を家で迎えられたのは、これが最後でした。後は寝たきりに。今年の正月は養護施設でした。
そして、初盆。夫の実家の親戚筋も3軒もの初盆なのですが、娘が受験で夏期講習を取っているので、夫だけ帰省してもらいました。というわけで、また偶然にも、祖母の新盆を迎えることができました。
長男の父はマンション、次男の叔父はこの時期に引越し!
というわけで、「私が迎え火を焚かねば、誰がやる??」という状態でもあって。

祖母と同居してたとき以来なので、25年ぶりでしょうか。
この地元とは風習が異なるようで、知らない小物が沢山ありました。わからないので、全部無視。

2004/08/11(水) 本格的十二単(?)
先日、本庄で開催された着物フェアのイベントとして行われた「十二単の着付け」の写真がきました。
「本格的」な筈なのだけど、なぜか、あちこち変です。
まず、何って「小さい」んです。十二単は手が見えてはいけないので、その分長く仕立てるんですが、裄も丈も小さくて。
小さい着物は着慣れているのに、意外にも十二単はゴマカシが利かないものだと知りました。丈が短いのがバレバレ。

しかも、なんで立ち姿だったんでしょうね。
私は十二単は座った方がずっと良いと思っています。
撮影後に歩いたり、座ったりさせてもらいましたが、座った方が重ねの出方も自然でずっと良かった。

2004/08/10(火) Myサイズの装束の立ち姿
マイサイズだとこうなのよね。
手だって出ません。

2004/08/09(月) 着物が満載
今春に亡くなった祖母の形見の着物をとりにいってきました。
先日訪問した際に仕訳しておいたので、既に茶箱1つ、ブリキの衣装箱一つにまとめていました。
丁度、建て替えをするということもあって、片付けものをしていた叔母から「こんなのもいらない?」と塗りのお盆もいただきました。昔はこういう盆を持っているのは必須だったのですが、最近はとんと出番もないようで。
更に、叔母から「私の着物もいらない?」と、お召しやウール、果ては「糸を切っていない浴衣」から「白時に藍の浴衣反物」までいただきました。訪問着など良いものはリサイクル屋に売ってしまうのだとか。いくつかは、洋服にリフォームする計画だそうですが、「それはそれで高いものね」と。
いい生地のものはリフォームの価値もあるでしょうが、いい生地のものであればなお、着物の形態での変遷をして欲しいと思うのは私だけでしょうか。

といっても、この叔母の娘は私と同じく着物をずっと用意してもらってたというのに、とんと着物嫌いで、全然着ません。
自分の娘が3人いるのですが、面倒くさがって着せません。
3人目にいたっては、七五三すら省略しちゃいました。
中の娘は着物に興味あるようなのですが、親がこうでは望むべくもありません。

まだ、これから母方の大伯母の着物もくるんですよ。
なんで、みなさん「着物なんていらない」って言うんでしょうね。

2004/08/08(日) たとう紙
着物をつつむのはたとう紙である。帖紙とも書く。
店によって、このたとう紙の程度は様々である。
模造紙に紐のついたようなのでくれるとこやら、開けた瞬間に思わずとにすさってしまいそうな「和紙」とすぐわかるようなものまで色々。いい着物を扱う店のたとう紙はやはりいい紙を使っている。店の思い入れもあるし、金額の張るものだから、いいたとう紙を使っても利益が出るからだろう。
店によっては、着物を買った際に無制限に余分なたとう紙をつけてくれたりして、古いたとう紙の交換に役に立ってもいる。

ところで、たとう紙というのは、いかほどするものであろうか?
ただではない筈。逆に単体で買えるものなのか?
というわけでサイト検索してみた。
洋紙製のものを大量購入する場合は、80円位。
店で10枚単位で有償で分けてくれるのは150円〜300円位。
使っている紙と印刷代の程度で差が出ると思われる。
また、たとう紙は当然、製作業者がいるわけで、ここから売って貰うこともできる。この場合は、柄も指定できるし、紙質を選ぶこともできる。見た範囲で最高級なのは「黒谷手漉き和紙」の1300円弱。京都の紫野にある業者さん。黒谷とは会津藩が」幕末に駐屯していた金戒光明寺のある黒谷だろうか?
高いともいえるが、こんな和紙の逸品、書道用に購入しても結構なお値段のものである。いいおうちでは、こんな紙にくるんでいたのだなと、思いをはせる。

いい加減な安物の場合、湿気吸いの役目をはたさないばかりではなく、印刷が着物に移ってしまうとか、悪影響もおよぼすらしい。最近は十二単柄など凝った柄を使うが、良し悪しである。

安いたとう紙をわけてくれるのは、福岡の呉服屋さん
http://www.kurachi.com/main/kimono/wasou-komono/tatoushi-list.html

京都の職人さんは
http://homepage3.nifty.com/kyoto-murasaki/

2004/08/07(土) 甚平で外出
最近、浴衣にならんで甚平も普及してきたように思う。
うちの近所は農村地帯なので、年配向け衣料スーパーには以前からあったが、最近は、若者向けのカジュアル衣料品店にも売っている。女性向きのサイズや色柄もあったりして。
浴衣よりも着付けが楽で他に備品(帯だの腰紐だの)を必要としない手軽さからか、結構出回っているようだ。
が、個人的には、甚平は浴衣以下のもの、つまり、室内かその近所の範囲に限るのではないかと。
腰辺りで紐で結び合わせているだけでは、胸元がはだけやすい。
涼を取るために脇は縫ってあるのではなく、紐で綴じつけるタイプのもある。当然、脇はミエミエ。
下も半パンツ状態で膝下は出ている。
となると、かなり露出度の高い衣類である。これを下着もなしで着るのはナンだし、着た下着も見えることとなる。
男の下着が見えるのはオッサンくさいし、女のブラが見えるのは、もうなんて言いましょうか。
寝巻きでウロウロしているようなもの。

見えることを想定して、Tシャツとかタンクトップを下に着ておけば、まだしもだと思うのだけど、そういう着方をする人はいない。
今までのイメージでなく、新しいイメージで「甚平で外出」なんてのが今後ありえるようになるとは思うのだけど、そのためにも、もうちょっとコーディネートに気を配って欲しいと思う。

2004/08/06(金) 無地としじら織
着物の反物を見るたびに思うのが「無地は何故高いのだろうか」ということ。紬地も、超絶技巧の高いものでなく、簡単な柄や無地で出してくれれば良いのにと思ってた。

が、あるひ「無地を織るのは難しい」という話を聞いた。
特に手織りの場合に顕著なのだが、ちょっとでも休憩するとそこに段ができてしまうのだという。打ち込みの筬の力加減が変わるのだろう。手織りは一日に数センチというものもあるので、それこそシマシマになってしまう。これを作らないようにできるのは、非常に優れた職人さんなんだそうな。
だから、逆に無地は高いというわけだ。

しかし、まだわからない。機械機ならそんな心配もなく、一定に織れるだろうに。まして、化繊モノなど、全くそんな心配はない。

これは推測だが、「無地は生地で勝負」となる。柄でごかませない分、いい生地でなくてはいけない。その結果、柄モノの生地よりもいい生地を使わなくてはいけない。いい染を使わなくてはいけない。染めだって、手で染めるとなれば、ムラがあっちゃいけない。これは型染めの困難以上かもしれない。
結局、無地は高いことになる。

でも「化繊」のはやっぱりわからない。旅館・飲食店向けの化繊着物カタログだと無地は結構安かったりするので、やっぱり、市場的になにやら阻害要因があるように思う。

この話で思い出すもう一つのネタが「しじら織」。
装束について書かれている古書には「束帯の地はしじら織」と書かれている。どうやら、当時一般的だった生地は「しじら織」らしい。もう一方にあるのが「熨斗目織」。
しじら織は、「阿波しじら」に代表されるように、太さの異なる、もしくは張りの異なる糸を混ぜて織ったもの。結果的にシボが立つ。
のしめ織は、「火熨斗」がアイロンを指すように、のして平になったもの、もしくは同等の生地面を持つもの。しじらがアイロンをかけても皺が取れないことを考えると、のしめ織であるためには、紡績が均質な上に、織も均質でなくてはならない。これはかなり高度な職人を抱えている必要があったろう。
古来、日本は「染めや織が高価な衣類は高位の人のもの」とされてきた。のしめ織は、高位のしかも直衣に限定されている。貴族とされる五位以上の高官といえども、熟練職人はなかなか抱えられなかったということだろうと思われる。

現在見ることのできる皇室の装束などは、のしめ織系統になる。
あれが紡績も不均一で織も不ぞろいなしじら織であったら、どんなイメージだったのだろうか。
特に、「花田色の無地の平絹とす」と規定されていた6位の衣類など、今でいう紬のような状態だったのではないかと思う。
花田色は、藍で染めた色。絹の場合、木綿に染めるくっきりした群青でなく、もっと青に近い明るい色になる。

2004/08/05(木) 袿袴の道中着姿
先日、雨コートを「道中着姿に着付けて」という話をしたので、その注釈。
着物のコートには、道行型という襟が四角く開いた形や道中着型という着物のように垂襟のものなどがありますが、先日言ったのは「道中着襟の雨コートを『袿袴の道中着姿』に着付けた」というちょっとややこしいもの。

通常、着物のコートはつい丈に仕立てます。着物の裾が出ては意味ないので、若干長めではありますが。
こういった長い身丈の着物で外出する場合の簡単な方法は「壺折り」です。着物と同じように、裾丈に合わせて、腰紐を結んで、お端折をつくります。そして、その上に帯はしない。
江戸時代の打掛も、外出時には、このように端折って出かけました。平安装束も同じように壺折りです。京都の賀茂祭での行列で見るお付の女官達の姿は壺折り。

装束の端折り方には、もう一つ「明治式袿袴の道中着姿」というのがあります。明治時代、女性の第一盛装は洋服でなく切袴に単衣、表衣という袿(うちき)と袴(はかま)の姿でした。これを「明治式袿袴(けいこ)」と呼びました。屋内では裾を引きますが、移動時には裾をからげている必要があります。このときのからげ方が前の時代と異なる華麗な方法となりました。これが「道中着姿」です。

壺折りは、着物の場合には、下の着物のはだけるのも防止してくれて便利ですが、袴を着ている場合は逆に歩幅を取れず不便な上に、袴が自然に広がるシルエットも疎外し、余り美しくありません。
「袿袴の道中着姿」では、前を合わせずに、開くように着付けます。これにより、袴のシルエットと歩行が確保されます。
胸元に帯のように見えているのは、端折を上からもこみ入れて幅を細くしているのです。このために胸元にも小袖の上に一本帯締めをしています。この紐を使って、中に入れていきます。
これによって襟元がしっかり押えられるので崩れることがありません。
本義ではないのでしょうが、この部分がポケットのようになり、切符だの扇子だのを入れられて便利便利。

今回は、装束でなく、着物の形態ので着付けてみましたが、やはり女袴にコート類を着るには便利です。

2004/08/04(水) 袿袴:壺折り姿
8/5分の話。
同じ装束、壺折りにするとこんな感じです。

8月絵日記の続き


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