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2004/08/06(金)
無地としじら織
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着物の反物を見るたびに思うのが「無地は何故高いのだろうか」ということ。紬地も、超絶技巧の高いものでなく、簡単な柄や無地で出してくれれば良いのにと思ってた。
が、あるひ「無地を織るのは難しい」という話を聞いた。 特に手織りの場合に顕著なのだが、ちょっとでも休憩するとそこに段ができてしまうのだという。打ち込みの筬の力加減が変わるのだろう。手織りは一日に数センチというものもあるので、それこそシマシマになってしまう。これを作らないようにできるのは、非常に優れた職人さんなんだそうな。 だから、逆に無地は高いというわけだ。
しかし、まだわからない。機械機ならそんな心配もなく、一定に織れるだろうに。まして、化繊モノなど、全くそんな心配はない。
これは推測だが、「無地は生地で勝負」となる。柄でごかませない分、いい生地でなくてはいけない。その結果、柄モノの生地よりもいい生地を使わなくてはいけない。いい染を使わなくてはいけない。染めだって、手で染めるとなれば、ムラがあっちゃいけない。これは型染めの困難以上かもしれない。 結局、無地は高いことになる。
でも「化繊」のはやっぱりわからない。旅館・飲食店向けの化繊着物カタログだと無地は結構安かったりするので、やっぱり、市場的になにやら阻害要因があるように思う。
この話で思い出すもう一つのネタが「しじら織」。 装束について書かれている古書には「束帯の地はしじら織」と書かれている。どうやら、当時一般的だった生地は「しじら織」らしい。もう一方にあるのが「熨斗目織」。 しじら織は、「阿波しじら」に代表されるように、太さの異なる、もしくは張りの異なる糸を混ぜて織ったもの。結果的にシボが立つ。 のしめ織は、「火熨斗」がアイロンを指すように、のして平になったもの、もしくは同等の生地面を持つもの。しじらがアイロンをかけても皺が取れないことを考えると、のしめ織であるためには、紡績が均質な上に、織も均質でなくてはならない。これはかなり高度な職人を抱えている必要があったろう。 古来、日本は「染めや織が高価な衣類は高位の人のもの」とされてきた。のしめ織は、高位のしかも直衣に限定されている。貴族とされる五位以上の高官といえども、熟練職人はなかなか抱えられなかったということだろうと思われる。
現在見ることのできる皇室の装束などは、のしめ織系統になる。 あれが紡績も不均一で織も不ぞろいなしじら織であったら、どんなイメージだったのだろうか。 特に、「花田色の無地の平絹とす」と規定されていた6位の衣類など、今でいう紬のような状態だったのではないかと思う。 花田色は、藍で染めた色。絹の場合、木綿に染めるくっきりした群青でなく、もっと青に近い明るい色になる。
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