優妃 讃良の着物についておもうこと
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2004/02/29(日) 場に合わせた着物とは
「xx時代にはこんな格好をしていた」とか「現在では、xxの場にはこんな格好をして出るものだ」とか良く書かれている。
でも、本当にそうだとしたら、皆同じような格好をしていたことになる。下の下の庶民からお姫様まで、同じ格好をしていたという風に考えると、変だとすぐにわかるだろう。
卒業式だの七五三だの、結婚式の新婦の服装だの、全ての人間が通り過ぎる儀礼の服装は財力や家の風習によって大差があった筈。財力と別に「家の風習」と書いたのは、財はなくとも、家の風習がそうならば、無理してでもこだわるというのがあったように思うから。

「新婦は丸帯に友禅の振袖」といっても、それが用意できない、またこだわらない格の家では型友禅だったり、袋帯だったり、同じ袋帯でも柄の簡素なものだったりしたと思う。

「家の格」だの「お家の風習」だのがすたれた中でこだわるのもナンだし、好きなもの、また逆に財力の許す範囲でよいのではないかと思うのだが、親戚筋にこだわる人が残っていればそうもいかないし、無関係なはずの「ご近所」にいらぬ後ろ指さされたりすることもある。
まっとうな論ならまだしも、こういう中には「地方やお家の風習の差異」とか、更に「とんだ勘違いの思い込み」もあったりするのでたまったものではない。

そういう意味では、「家の格」はやはり引きずっているのかもしれない。格や分(ぶ)に合わない格好はおかしいのであろう。
私が子供の頃、ご近所には幾人か普段から着物をお召しの方々がいた。働き者な木綿かウールのオバちゃん達も士族や華族の末裔のお召しや大島のおばあ様方もどちらも「変」に思わなかった。
江戸時代には農村地帯であり武家の寮(別荘)でもあったこの土地は昭和に入って新興住宅地となり、零細企業の工場地帯ともなったこの一帯には、上は大名の末裔から農民、職人、零細企業主、サラリーマン、工場勤務労働者、商店と実に様々な格の人間達が住んでいた。
混在しているものだから、お参りに行く神社も同じなら通う小学校も一緒。卒入式にしろ七五三にしろ親の服装も子の服装も色々なランクがあった。格上の豪華な振袖が羨ましかったり、逆に格式にとらわれぬ家のドレス姿に憧れたりした。
親は親で訪問着あり、黒羽織に正絹の着物もいれば、下は銘仙やウールで黒羽織のみが正絹というのもいた。洋装も既製のブラック・フォーマルからオーダーのスーツ迄。

「これから着物を着たい」という人にアドバイスするときに躊躇が出るのは、こういう「格」のレベル。
前述の通り、私の家は格式がある程度にはちょっと上で、といって豪華なものをそろえないといけない程高くもないといった所。
こういった立場がはっきりしているので、「成人式の帯がお太鼓柄の名古屋帯」だって、全然おかしくないと思っている。
でも、他人様のアドバイスにそう言い切っていいものか。
悪いことに、着物も微妙に変遷している。昨今では黒羽織はとんとみかけない。見かけない姿で出るには勇気がいる。
「着物は着たいけど、まずは無難路線で」という方には勧められないものはいくつもある。

例えば「袴姿」もその一つ。今の「女袴」は女学校で制定され、女児の通学服として広がった。私服の学校でも袴をはく者はあり、着流しの子よりはちょっと上の家の子だったとか。普段物と礼装物を別に持てる子は更にもう一つ上だった。
そして、女学校の卒業生は勤務先でも袴を穿いた。椅子と机という職場では着流しよりも袴姿の方が便利であったこと、また女学校出であることを誇示する意味でもあったらしい。
今は普段着としては廃れ、卒業式の教師や卒業生の姿として残るのみとなった。ここから「教師や生徒が卒業式に『のみ』着用するもの」という誤った考え方が出てきているらしい。
袴を着用していた人にはもう一種類いた。お公家さんとそれに連なる人たちである。津田塾を開いた津田梅子の晩年の自宅での写真が着物に袴に羽織(らしきもの)であった。お公家さんの服は平安以降何であったかは服飾史の書籍でも語られないことが多いが、袴というものがあった。
身分などない現在である。お公家さんの格好をするのに何の遠慮もいらない。但し知っておかないと横槍突かれて恥ずかしい思いをする。
添付は京型小紋の長袖(振りが長いもの)に袴姿。
着付けがカンタンな上に苦しくなく、美しい。

2004/02/26(木) 着物市は大混雑
八木橋デパートの着物掘り出し市に行く。

びっくりしたことには大混雑!
リサイクル品のコーナーは既に山にひっくり返され、アリが砂糖の山に群がるように人がはりついている。
個人的には「モノの割に高い」という気がした。リサイクル品はシミがあるのに、それで1万だの2万だろはないだろうに。

お目当ての「貸衣装処分袴5000円」は既に売れ切れ。
数が少なかったのかもしれないが、今までの経験からすると、一枚や二枚じゃない筈。意外なとこに袴ファンが。
って、最近は袴で卒業式に出る人も増えているので「借りるより安い」というこの値段にとびついたのは多いのかも。

混んでいるのはリサイクル品ばかりではない、わけアリ品だのお買い得品だのの黒留袖や訪問着のコーナーにも人がいる。
時期的に子供の式が決まって「自分の分を」と見立てに来るには良い時期なのかも。

人がたかっている様子はなかったが、貸衣装処分市の狙いは実は小物にある。瑣末な割りに高い「腰紐」、安いのを買えば、滑るし、正絹モノにモスリン地の腰紐は後でシミになる恐れがある。
貸衣装のは化繊だが、正絹並にしっかりしている。幅の太いのもあり(振袖や打掛など重い着物はそういうものでないと締まらないのだろう)、これが50円位で出る。今回はちょっと高い190円。
長襦袢のつけ紐にしたりするので、結構いくらでもいる。
白半襟もなんと190円!底値は普通500円なので、溜め買い。
珍しく足袋は安くなかった。

戦利品リスト:
夏用絽の黒留袖  袴下に使うので裾模様はいらないが。3,000
夏用絽の白無垢  比翼仕立でしかも二重仕立。装束に仕立直し 3,900
喪用草履&バッグ  数があり価格も比較的リーズナブルなこういう時期に買うのが手だと母より。6,800
小間物      腰紐、帯枕、白半襟

お土産:     小風呂敷かお盆というので紺地に兎柄のを。

別の会場では「リビング小物市」も開催していた。
木製の椀や細工物、陶器やお茶道具も出ていたので思わずフラフラと。
ゴマ柄の茶筅と箱膳を買う。引き出しのついた箱膳はお茶の茶箱としても使えそうだ。既に標準サイズの茶箱は持っているが、菓子皿やお菓子などを一緒に入れるには当然小さい。状況に応じてこれも使うと思う。木目の残る漆塗り。

2004/02/25(水) 梅満開
我が家の梅が満開である。
紅梅白梅2つならんで華やかに。
梅の季節がまだ寒いのが相場だが、今年は暖かい。
帯つき姿でぽーっと眺めていても、陽の暖かさにうっとりと。
といっても、本当にそうそう暖かいわけではない。
じっとしていると、足元から冷えがずわーっと這い登ってくる。
「底冷え」タイプである。

そういえば、今日は初天神である。天神さんにご挨拶してこよか


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