ヨロコンデ ぶっちの日記でーす。
ホームページ最新月全表示|携帯へURLを送る(i-modevodafoneEZweb

2005年1月
前の月 次の月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
最新の絵日記ダイジェスト
2006/09/05 みなさん どうも。
2006/08/29 あほや!
2006/08/27 ホリデーイン前橋
2006/08/20 グループホーム
2006/08/18 初振込み!

直接移動: 20069 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200512 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200412 11 10 9 月 

2005/01/31(月) 真也 入院
顔のあざがなかなか消えないので 病院にいったら血液を検査した。血小板が三万六千しかないと。入院した。翌日に骨髄液を採って検査するのだと。心配であるが 本人はいたって元気にあばれている

2005/01/30(日) プチ改名
名前を健二からケンジに変えようと思う。でも芸名としてね。俺の本名、総格32で いいんだけれど、外格というやつが 仕事では0か100だとぶっくおふで100円で買った本に書いてあったんや。0か100.なんかわかる気がしたんです。ホームランか三振よりも、コンスタントにやりたいので。そう、イチローみたいに。それで 改名をしてみようと。名刺をかえたり、ホームページの名前のところをかきなおしたりして。

2005/01/25(火) しんかんせん
H君がDVDを持ってきた。芝居のDVDである。新感線である。見せてもらってはまってしまった。おもしろい。こんな芝居をやりたかったんやなって あらためて思い出した。大阪時代、つかこうへい作品のコピーで有名になった彼らが 今も頑張っているんだ。
 大学の時、やった「竜神花吹雪 不知火ノーベンバー」をきっちり書き直して なんとか再演してみたいと思うようになった。

2005/01/24(月) また千葉です
飯岡町の井戸野荘 一泊二食 5000円。夕食の量のすごいこと すごいこと。食べきれないとわかっているので 明日の昼に食べるようにと いつもビニール袋を持参しているのだ。あー 食った 食った

2005/01/23(日) やっぱり芝居はおもしろい
太田市と合併する尾島町。その町民たちで今、閉町記念の演劇を稽古している。素人たちの手作り公演。その稽古に参加した。Sさんから電話があって もしよかったら稽古を見にきてもらえないかというのだ。いきまっせ、いきまっせ。尾島にはMさん夫妻がいる。いっしょにライブをやった Iさんもいる。しかも、合唱劇「カネト」の仲間たちが応援にかけつけている。そして 毎年 ヨロコンデが歌っている。出来る限り協力したいと心から思うのです。帝役が なんとIさん、いやあ、よくあれだけのセリフをおぼえれたなと感動した。Mさんが髭をはやして新田義貞の家臣の一人をやっていた。
 がんばったね Sさん。ぶっちの出来ることなど たかだかしれているけれど、少しでも 役にたてただろうか。また 見にいかせてもらいます。出来る限り 時間を作ってね。

2005/01/22(土) 真也と遊ぶ
寒かったけど、真也と遊んだ。ママはお仕事。「とうたんがいるから バイバイ」と、あっさり送り出す真也。さあ、なにをしようか。よし、公園でキャッチボール!でも、寒い。そうだ!プラザという雑誌に 割引クーポンがあった!!よーし、あかまる市場のゲームセンターのボールプールへ行こう!!きっと よろこぶぞ!と、車ででかけた。15分300円のところ、100円。ちょうど 他に子供たちがいなくて真也の貸切り。付き添いの親はただ。真也 うれしそうやった。ボールの中でおよいでました。そのあとは 高崎駅に新幹線を見に行きました。「乗りたい!!」とだだをこねましたが 説得しました。入場券ですんだもんね。
 お好み焼き食べて ドーナツ食べて、さあ、車の中で お昼寝だ!!

2005/01/20(木) イルカショー
銚子観光をした。公演が終わってから少しね。海をみて ふれて みやげもの試食して マリンパークへ。イルカのショー。けなげに 二頭のイルカががんばっていた。心から拍手を送った。宿は飯岡町の井土野荘 一泊二食五千円。ところが料理が食い切れないほど出る。すごいんだから ほんとに。コンビニでビニール買って 食べきれないのをいれました。あしたのお昼にたべまーす

2005/01/09(日) 四十九日の法要
子供の時 おじいちゃんの坊さんがきてた。俺にお菓子をよくくれた。よそでもらってきたお菓子だったんだろう。いつも半紙にくるまれていた。ある日 おじいさんが若い坊さんを連れてきた。おじいちゃんの息子さんだった。ばあちゃんの葬式もかあちゃんの葬式もおやじの葬式も いつもこの息子さんだった。ばあちゃんが死んだのは俺が11才の時。もう35年近くになると思う。今日 その息子さんの息子さんがひとりでお経を読みにきた。まだ20代、初々しかった。時は流れりや。

2005/01/08(土) 片付け開始
親父とおふくろはもういない。けれどふたりのものがいっぱい残したまま。1991年におふくろが他界したが ほとんど片付けていない。親父が片付けさせなかったと兄貴はいう。おふくろの寝ていた布団まで置いてあるのだ。愛というよりも片付けるのが面倒だったのだろう。それは俺にもよくわかる。同じ血が流れているから。親父が病院で眠ったきりになっても兄貴は片付けもしなかった。やっぱり同じ血が流れている。でも今回がいい機会なので 俺は片付けたいと思う。俺の物もあるんだ。捨ててねと頼んで17年、捨ててもらえなかった教科書や教材やいろいろある、それをまとめて処分しようと 11日の夜まで大阪にいるのです。

2005/01/07(金) 夜行バスで大阪へ
ターミナルを見た。たまっているポイントで見ようとカードを出したら、「去年の11月でポイントが無効になっています」と。なんと、うっかりしてた。招待券三枚分をパーにしてしまった。いろいろ忙しかったからな。無念じゃ。夜、22時45分、大阪に出発。大阪にひとりで帰る時には いつも夜行バスを使う。往復で17100円。高崎の日高に車停めて 駐車料金は一日500円。安いし 便利なのだ。 九日が親父の四十九日なのです。


 Copyright ©2003 FC2 Inc. All Rights Reserved.