WITH ME Diary
WITH MEの日々をお送りいたします
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最新の絵日記ダイジェスト
2006/01/31 祝!株式会社WITH ME
2006/01/30 ダイアリーも残すとこあと一日分
2006/01/29 ブログ完成も間近
2006/01/28 ルノーにロータリー
2006/01/27 1月が終われば

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2004/07/31(土) オグラクラッチとORCカート場
チームはORCカートランド組と
私の乗るオグラレーシングクラブ組です。
オグラレーシングクラブはオグラクラッチ社内にある自動車部で、社員の中でもモータースポーツ好きが集まったクラブ。新人含め今年は多くの手伝いが来てくれました。

ORCカートランド組は、その名のとおり、オグラクラッチが運営する群馬のカートランド ORCカートランドの社員およびその常連客達で構成されております。

予選は、この大会の趣旨である、みんなで一日カートを楽しもうと言うことで、単なる抽選により決められます。

そして我々が引いた予選グリッドはオグラレーシングクラブが100台中 89番手
ORCカートランドは、なんと100台中 100番目のグリッドにつくという…いやはや 何もそんなに後ろからでなくても(^_^;)

まぁ、楽しみますかっ

2004/07/30(金) もてぎカート耐久 K-TAI
が始まりました
7時間の決勝は日曜日です
カート耐久は今年で3年目。最初はメディアとしてもてぎに用意してもらって出場しましたが、次の年からはJOY耐を一緒に行っているオグラクラッチと組んで出場。

今年のプログラムの表紙には…f(^_^;
でっかく載ってました

2004/07/29(木) もて耐
8耐が終了したばかりではありますが、今日ももて耐のテスト。
私は乗っていませんが、桐島ローランド氏、レーサー鹿島氏がテスト
雨の中、桐島氏はウエット路面をプロダクションタイヤで、無事に走り終えました。そして鹿島氏が午後の乾き始めたところを走行。もてぎのコースに虹が二つも出てきてしまいました。

鹿島氏いわく、S字コーナーのたもとが虹の始まりだったそうで、「虹をくぐってきた」と感激してました。

ただ単に、速く走るだけでなく、こんなところもサーキットの良いところではないでしょうか

2004/07/28(水) 8耐打ち上げ
朝霞にて

2004/07/27(火) 昨日は東京に
移動中[*タクシー*]
今年契約するライダーのテストをしてきました といってもX系
技は
完璧な仕上がりです

で今日は 箱根で取材たぶん8時間くらいは乗ることに[*爆弾*]

2004/07/26(月) 鈴鹿の勝敗は
昨日の続き

あとでピットにアサヒナの若いライダーが来て、土下座して謝ってきた。どうやら逆バンで、私のリヤタイヤに追突したらしい。
やっと転倒の原因が究明できた。どんな転倒でも必ず原因がある。訳もわからず転倒してしまうと、その後速く走れなくなってしまう。自分自身で、本当にアクセルワークをミスッたのか…。いや、そんなはずはないっ。俺がアクセルワークをミスるわけがない。あのときだって、前のやつを抜くためにでも、本当にゆっくりアクセルを開けている。ハイサイドになるはずがない。アクセルは速く走ろうとすればするほどゆっくり、早めに開けるもの。この鉄則は、炎天下の中走り続けていても、身体に染みついているはず。

2004年、鈴鹿8時間。結局、デビジョン2クラスでトップ争いをすることとなった、この若いライダーの気迫に負けたと言うことになるのだろうか。

チーム・プロジェクトBIG1 

鈴鹿の勝敗はリタイヤ。
が、しかしこのメンバーは、あくまでもCBがスーパースポーツであることを、一人一人が証明するためにがんばっていた。
多くの人に解ってもらえるまでは、まだ少し時間がかかるかもしれない。
まずはこのメンバー、CBがスーパースポーツであることを信じ、そして戦っていた。
今後も必ず、世界で多くの人たちが、その活動の一環を担ったCBと言うネーミングのバイクに乗ることになるだろう。
CBは旗艦。最高峰のスーパースポーツ。
このマシンに乗ることが出来て、本当に良かった。

2004/07/25(日) 2004年鈴鹿8時間耐久プロジェクトBIGT
決勝スタート
チームの目標として30位以内。そして我々の参戦クラス デヴィジョン2で優勝すること。
デヴィジョン2には、カワサキでエントリー、チームアサヒナのZRXアルミフレーム車。SUZUKIから SV  そしてライダースクラブの親分、根本健氏がのるラベレッツァのチーム。他にもオーバーさんがヤマハのV でエントリーしておりましたが、やはりこのクラスで8耐の決勝へ行くのはむずかしそう。レギュレーション的に、このクラスではまだ予選を通過させるのは不可能!? (プロジェクトBIGTチームは、そこにチャレンジするチームですが)

結局、決勝で戦うのは、アサヒナマシンとうちのCB1300SFだけ。そしてグリッド順位としてはアサヒナ64番手。プロジェクトBIGTチームが65番手。とにかくデヴィジョン2クラスで頭、いわゆる隣にいるアサヒナマシンをやっつけなければならない。
勿論アサヒナさんトコのライダーもバリバリ、うちを意識しているはず。アサヒナさん自身はいいとしても、スタートライダーとなる若いライダーは、なんとしてもプロジェクトBIGTに負けてはならないはずであることは、逆の立場からしてよくわかる。
11時20分。スターティンググリッドにて、アサヒナさんトコの若いライダーが(名前をまだ見ていない)、僕に挨拶をしに来た。この気持ちよくわかる。たぶん、私もレース始めた頃は、先輩のチームがいたら挨拶をしに行っていたはずだ。

11時30分 決勝スタート
スタートは、慎重に走った。BIGトルクがあるだけに、クラッチジャダーを起こさないよう、低回転でクラッチを繋いで、まるで街乗りのようにアクセルを開けていったのが良かった。一コーナーまでにスルスルと前に出られ、一週目には50番手近くまで、ジャンプアップしていたようだ。しかし、8時間耐久で、この順位からスタートすると怖い。とにかく渋滞の中を走っている、と言うよりはタイの町中、交差点でバイク同士が我先に…と言った感じで、縦横無尽に鼻先を入れあう。中途半半端に生きのいいライダーに巻き込まれたくないと思っていると、本当に鼻先を入れられて抜かれてしまう。しかし8耐は、長丁場。このペースなら、後半ばらけてきたところで、タイムを19秒台にあげていけば、まだまだ順位は上げられるはず。この場は渋滞の中、巻き込まれないよう注意しながら走ることにする。
しかし、アサヒナマシンも良いスタートで、私の一瞬前を走っている。このマシンだけはマークしておかなければと、背後に回る。さすがアルミフレームだけに高速コーナー、切り返しは速い。もちろんライダーも、腕でがんばっている。しかしながら、ストレートは、断然CBが速かった。何度か裏のストレートで抜かし、また逆バンからダンロップで抜かれると言うことを繰り返した。こちらとしてはムリをせずとも、ストレートで抜けるので、アサヒナ号は、あまり意識をする必要がなくなった。

さて、そろそろ順位を少しずつ上げていこうかと言うところ、一台どうしても抜けないやつを、逆バンの入り口からラインを変えて、ダンロップの登りにかけて抜くことに。

すると逆バンの中でいきなりリヤタイヤが、自分の目の前にっ…

そんなばかなっ。いきなりハイサイドで吹っ飛んだ、自分が信じられなかった。その場では、息が出来ずに起きあがれなかったが、マシンを自分で押せなくては、リタイヤになってしまう。このときのオフィシャルの指示がよく伝わってこないが、とにかく担架の上で首輪など填められているものを、取り外してもらうことに。「まだ走れる」  なんどオフィシャルに言ったことか
ピットに帰れば、必ずマシンは修復が出来る。それだけの体勢で来ていただけに、とにかく「まだ走れる」とオフィシャルに言い続けていた。

逆バンの観客も応援してくれていた。BIGTオーナーズのみんなが、ここに集まってくれていた。
とにかく「まだ走る」 「また戻ってくるっ!」と逆バンにいる人たちに言って、ピットまでマシンを戻した。

身体の具合は、まだよくわからない。身体の関節、骨の中身から刺すような痛みでないので、たぶん打撲だと思うが、腰の強打で足が思うように動かない。マシンの修復は30分とかからず、前田淳が出て行った。
「あと何分で,交代ですか?」と尋ねると「1時間」と帰ってきた。
あと一時間で、身体を修復せねば…。強打したところは、氷を当て続け、感覚を麻痺させていく。身体全体もそれほど疲れていない。今日は暑くもないので体力的には充分にいける。

約一時間後、身体は充分に回復。足は…たぶん乗ってしまえば…うごくだろう。
ヘルメットをかぶり、前田にラストピットインのサインが。

良い成績はむずかしい。何か目標を定めなくては次の一時間、集中力が持たない。次の一時間、ペースは変わらず、とにかく完走へ導く。と思い描いていると、ピットの中で前田君が転倒していると。
また頭の中が、ゼロからに戻ってしまった。 集中力を切らさないように…

前田君は、そのままメディカルセンターへと運ばれ、どうやら骨折の疑い。
チーム監督からは、ここでリタイヤを決意。
無念だ。

多くのテスト、そして思惑。それ以外にも難しい問題が山積みの参戦。それでもBIG1でレースをする意味がある。
しかし結果はリタイヤ。本当に無念だ

明日のダイアリーに続く

2004/07/24(土) お昼のピットウオーク
今日は4時間耐久&スペシャルステージの日。
4時間では、いつももてぎサンデーレースやろうぜでWITH ME走行会を手伝ってくれている、高倉選手が2位に入っていました。
いつもながら4耐は強い。
そしてスペシャルステージ。毎年出ていたが、今年はさすがに出ることなく、一日ゆっくり。このスペシャルステージを出ることになると、土曜日も朝から落ち着かず、8耐ウイークで一番緊張する日となってしまう。
見てると面白いけどネ。やる方は大変。なんせ自分の走りを何万人!?何千はいると思うが釘付け。それこそ少しくらいタイヤ滑らせて走らないと、単なる根性無しに思われてしまう。サービス精神旺盛の私としては、ダンロップとスプーンで大きくタイヤをスライドさせ、いつもとちくるってしまい、微妙なタイムに落ち着いてしまうと言う、エンターテイナー丸山浩としては、出走料20万円では足りない…。あ〜でもほしい。

まっ今日はそんなことも考えずに、ピットウオークでサービス。
WITH MEGALも鈴鹿入りし、この通り。

紹介しておきましょう。右から

悦です。
2年ぶりの八耐楽しんでます。
明日の決勝が凄く楽しみ。

明日香
初めての八耐、うれしくて写真いっぱい撮っちゃいました。
たのしい、うれしい…なんて言ったらいいんだろう。

とも
えっと、うんと…そんななぁ、丸山さんとバナナを食べました。
お菓子がもっと食べたい。

2004/07/23(金) 8耐予選
2回目予選終了
総合結果は、出走70台中、66番手のタイム。しかしながら、推薦出走枠が6台あるために、その中に入ってしまいました。
ベストタイムは自己ベストとなる、2分18秒6
とにかく感覚に任せ、一コーナーではフレームが接地してフロントが切れ込み気味に。さらにS字コーナーでもフロントタイヤがスライドしすぎてしまい、タイムロス。それでも自己ベストの18秒台。最終的には、ラストにマシンをまとめ上げ、気合いの走りについてこられるようなCB1300SFとなり、あさってのホンちゃんが楽しみです。

現在11時58分

一回目予選終了
タイムはとりあえず今までのベストタイムとなる2分19秒1
ラストのアタックでふたたび19秒2は出していたものの、最後の130Rの進入でリヤタイヤを大きく滑らせすぎて失速。
残念ながら18秒台は入らずです。
クラス分けでAグループのリザルトを見る限り、BIGTの予選通過はぎりぎり。Bグループも取り混ぜ頭取りとならなければ、なんとか60位以内に入れそうですが、頭取りが適用されると大変です。
午後の予選は15時より。
なんとしてでも18秒台真ん中には入れておきたいところです。
車体が大きく揺れ動く分、どんなに素早い寝かし込みをしても、路面におくまえに、スッと丁寧に接地させてやる。
深くバンクさせる分にはタイヤのグリップ力を失うことは、今のところないので旋回スピードはひたすら深いバンク角で、コーナーリングスピードを落とさない。そして加減速させるたびにフレームがよじれ、しなるのなら、なるべく加減速をしないためにも、アクセルを閉じている時間を極力短くし、アクセルを開けてタイヤが滑らないようにすればいい。
マシンの信頼感も上がってきているので、そろそろ感覚に頼った走り、マシンを信頼しきって前後輪のタイヤをスライドさせてみようか。

現在7:55分
今日は午前午後で2回の予選。ファーストライダーは先行のタイムアタック。タイヤは、決勝用の皮むきを含めて、30分一回の予選で2本のNEWタイヤを装着、基本的には2回のタイムアタックを一日4回チャレンジすることとなります。
コンディションが変わらなければ、その4本でいかにタイムを詰めていくいかは、ライディングテクニックは今更変わらずなので、精神状態のみで詰めていくこととなります。
とにかくいかに深いバンク角まで早く持っていき、リヤタイヤをスライドさせたまま走らせるか。集中力のみが頼りです。でないと本当にどこかに飛んでいきそう。
いかにスライドさせたまま走らせるか…
最後は右手が勝負です。

2004/07/22(木) 木曜日の公式テストは
おニューのツナギ、ヘルメットを着用して挑んでいます。
ヘルメットも耐久らしく涼しげ!
そして後ろにいる松井メカは…
まるでBIG1プロジェクトメンバーのように振る舞っております。
本来は、WITH MEのスタッフは、すべてWITH MEカッターシャツで行くはずでしたが、あまりのプロジェクトチームのウエアー徹底ぶりに、私も完敗。
こちらで揃えてみることにしました。
しかしながら私のレーシングスーツはWITH MEバージョンを採用。
これは、BIGTプロジェクトに、WITH MEのライダーとして参戦するという意味合いがしっかりと込められております。
この辺はとても重要なことで、このために多くの契約と打ち合わせが行われました。
レース運営においてチームウエアーは、とても重要な役割を持っています。
これがしっかり出来るかどうかが、プロとアマチュアレースの違いに現れるのではないでしょうか。
そしてBIG1プロジェクトは、プロチームです。

それにしても今日は
意外に走る時間がない。今まで一日八時間なんて走り込んでいたもので、今日は、午前中5周、午後今さっき9周を赤旗や、黄旗でちゃんと走れず…。とてもタイムを出すような状況じゃない。

タイヤも一回たりとて同じものを履くことがない。まるでタイヤテストをしているようで、確かに、きちんとタイムアタックするような時間がない。テストをしている最中は、本気の感覚に頼る走りはしないからね。究極のタイムは出せないもの。
どんなに違ったタイヤを履かされても、しっかりとタイムを出し、転ばないで帰ってくるもの。
ここにもプロとアマチュアの違いがあります。

7月絵日記の続き


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