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2009/10/12(月)
夕涼み
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「ねえ、これ着てみてくんない。」
窓から入った夜風が、蚊取線香とKKの吐いた煙草の煙を混ぜていく。ようやく東京の気温も、十の位が3になることが少なくなってきた残暑の折。 今日は親戚が来るとかで、早く引けた店から直接来たらしいマコトが、風呂敷包みから出した何やらぱりっとした濃紺の和服を手渡して言うことには。 「貰ったから、よければ着てみて、今。」 「別にいいけどよ、……つか、『貰った』?」 手触りからしてそれなりに値の張りそうなものである。セレブな奥様のファンでもついたんかと、聞く前にマコトが早口で答えた。 「叔母さんが、銀座で和服屋やっててさ、たまに来るんだよ、世間話と髪切りに。」 聞き慣れない単語が並んだ。うまく話が呑み込めないのは、マコトが何処か不機嫌そうな口調で話すから。KKはそれを落ち着かせようと殊更ゆっくり言葉を紡ぐ。だからもう一度、同じことを、聞いた。 「…それで、何で、浴衣?……俺に?」 マコトはチッと小さく舌打ちをした。明らかに挙動が不信で、らしくなかった。マコトが困ったような顔をする間の、居心地の悪い沈黙。 「……人の厚意は、ありがたく受け取っておけば。」 「好意?いやいや、ちゃんと説明しなさいよ。」 経験上得体の知れない物には近づかないようにしている、とは言えずに噛み合わない会話を続けた。マコトがいつも通りにスラスラと、ムカつくくらい自信たっぷりに自分を言い包めてくれれば素直に受け取るものを。 「座れば、」 言われてKKは、浴衣を手渡されてぼけっとつっ立っていた正面から、座るソファの、隣へ。 「何かさー、俺と母さんしかいなかったから、店内。俺の方のお客さんも帰っちゃって。まぁ、近況と、世間話と。そんで、急に叔母さんがお友達のけーちゃんはお元気?って……。」 もしかしなくともその「けーちゃん」というのは自分のことだろうかと、思ってKKは噴いた。マコトもその反応は予想していたようで困った顔をしたまま肩を少しすくめた。 「俺も驚いた。母さんが「良い男なのよー」って言ってたよ。」 「…………そりゃどうも。」 そんな噂話は間違ってもマコトの親父さんに聞かれたくないな、とKKは思ったが、会話が手に持った浴衣とまだ繋がらないので黙っておいた。 「それでさー、叔母さんのお店で仕立てた物なんだけど、サイバーにはちょっと大きいだろうから、良かったらけーちゃんと着なさいって。」 理由なんて俺が聞きたいくらいだよ。マコトが唇を尖らせて事の顛末をそう締め括ったので、KKは相づちをうつしかなかった。 「ふぅん…。」 「……たぶんさ、」 遠い目で正面を見つめてマコトは言う。 「母さん達からの激励、なんだと思う。」 「何の?」 「だから……っ俺、とアンタの?」 「は?」 「……………。だって、そうとしか考えらんないもん。」 「待て待て?…だって言ってないだろ、俺らのこと。なん、」 「女の勘?」 「……………。」 ここまで聞いてKKは絶句した。絶句したまま額に片手を当てて深く息を吐いた。片手の下で、眉間には皺を寄せていた。 「からかってるわけじゃないと思うけど……面と向かって言ったら俺らが困るだろうから、母さんなりに気を使ってくれてるんだと思う。」 「ばれてるってことか。」 「うん……全部が全部って訳じゃないだろうけど。」 「……女は恐ぇな。」 「迷惑だった?」 「いや、んなことねぇよ。ありがてぇ、んだと思うわ、多分。」 「ふぅん…。」 互いにどことなく他人事の様な反応だった。そよりと、涼しい空気が足元に流れた。南向きのKKの家では、この頃夕方になると窓から風が入る。
「…線香みたいな匂いすんな。」 抱きしめている胸の辺りから嗅ぎなれない匂いが漂ってくるので、KKは呟いた。胸がすっとするこの匂いは、嫌いではなかった。 「…っし、じゃあ、着るか。」 「ぁー、うん……。」 「何だよ?」 「何でもないよ。アンタ着付け方わかるっけ。」 「去年一緒に祭り行ったじゃねぇか。お前ぇ、今日はやけに歯切れ悪いのな。」 「……別に。」 KKも、マコトが照れ臭く思う気持ちは理解できる。喜怒哀楽のはっきりと浮かぶ表情も今日は何処か不安定で、いつもは真っ直ぐ見返してくる視線も定まらずウロウロと泳いでいた。普段はそんな柄でもないので、戸惑う様子は可愛く思えた。 「…あ、これ、お前も着るよな?」 風呂敷の中に残っていたもうひとつの浴衣を勝手に取り出して、いささか強引に事を進めた。ポン、とマコトの背中を押して促した。 「折角貰ったんだから、着てみようや。」
いつもは肩口から外へ向かって綺麗にはねているオレンジの髪も、うしろひとつで括ってあって。緑の浴衣に身を包んだ、その姿だけでクーラーひとつ分くらいは涼しいと、KKは思う。もっとも、その分体の中にもやっとした熱が溜まっていくような気もするが。 「団扇あった。」 「おおナイス、雰囲気出るな。」 「枝豆茹でといた。」 「んだよ、準備いいな。」 「ビールはあるだろ?」 「へいへい。」 程なくして部屋に響いたカシュッという音が、ふたつ。缶のまま乾杯をしたので鈍い音がした。
------------------------------------------------------------ ここまで書けてたのに放置してたな…。これいつぞやの夏のリクエストなんですが、あむかさん…。
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