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2004/06/10(木) 月の小遣い4400円減少 会社員22年ぶり3万円台
消費者金融のGEコンシューマー・ファイナンスが10日発表したサラリーマンの小遣い調査によると、1カ月の小遣いは平均3万8300円と昨年より4400円減少した。
 1979年の調査開始から3番目に低く、3万円台に下がったのは82年以来、22年ぶり。景気には明るさがみえてきたが、サラリーマンの財布の中身はデフレが続いているようだ。
 理想の小遣いは平均6万2000円で、現実との差額は2万3700円。「やや苦しい」「大変苦しい」が、合わせて66・2%。教育費など出費の多い40歳代では「大変苦しい」が3割を超えた。
 大きな割合を占める昼食の金額は、1回あたり平均650円と前年より20円低かった。
 同社は「狂牛病の影響などで昼食の選択肢も狭まった。苦心するサラリーマンの姿が目に見えるようだ」としている。

2004/06/09(水) ヒデりえキス写真、プライバシー侵害認める…東京地裁
サッカー日本代表の中田英寿選手(27)が、女優の宮沢りえさん(31)とキスをしている写真を月刊誌に掲載され、プライバシーを侵害されたとして、発行元の出版社「コアマガジン」(東京都豊島区)などに2200万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決が9日、東京地裁であった。

 井上哲男裁判長はプライバシー侵害を認め、コアマガジン側に110万円の支払いを命じた。

 問題となったのは、同社が昨年8月に発売した月刊誌「BUBKA」(10月号)に掲載された写真。中田選手と宮沢さんが、会員制クラブ内でキスをしているところを、クラブ経営者が撮影した。

 出版社側は「隠し撮りではないうえ、中田選手の異性関係は一般人から関心を持たれている」と主張したが、判決は「クラブ内は、プライバシーの保護が相当高度に期待された空間だった。著名人であることを考慮しても、公益を図る目的で掲載されたとは言えない」と指摘した。

 コアマガジンの話「判決文を検討中で、コメントはまだ出せない」

2004/06/08(火) 渡辺さん、「拘束で苦痛」と提訴=イラク撤退求め500万円請求
イラクへの違法な自衛隊派遣のために身柄を拘束され、苦痛を受けたとして、市民団体メンバー渡辺修孝さん(36)が8日、国を相手に自衛隊派遣差し止めと慰謝料500万円の支払いなどを求める訴訟を東京地裁に起こした。
 外務省が帰国の航空費用の一部として請求した約2万3千円(215米ドル)の支払い義務がないことの確認も求めた。
 渡辺さんは会見し、「サマワ市内は住民が射殺されており、非戦闘地域ではない。武装組織は『イラクに軍隊を派遣した日本人だから拘束した』と言っていた。3日間銃を向けられ、活動の場も奪われた」と語った。
 訴状によると、自衛隊のイラク派遣は、「非戦闘地域」に活動を限定したイラク特措法や憲法に違反しているほか、国は外国で身柄拘束された邦人を保護する責務があり、費用負担は当然と訴えている。
 渡辺さんは4月、フリー記者安田純平さん(30)とともにイラクで一時拘束された。

2004/06/07(月) 漫才師のコロムビア・トップ氏が死去
東京漫才界の重鎮で、元参議院議員のコロムビア・トップさん(本名・下村泰=しもむら・ゆたか)が7日午後8時31分、亡くなった。82歳だった。

 東京都出身。太平洋戦争中、ビルマ(現ミャンマー)を振り出しに、シンガポールなどを転戦。タイで終戦を迎え、捕虜生活を送った後、1946年に帰国した。

 戦地で戦友の池田喜作さんと漫才コンビ、青空トップ・ライトを結成。帰国後、浅草オペラの藤村悟郎さんに弟子入りする形で芸能活動を始め、49年、池田さんが病気で倒れたため、声帯模写をやっていた鳥屋二郎さんを2代目のライトにして、新コンビを組んだ。52年にコロムビアレコードの専属になったことから、屋号をコロムビアに改めた。

 以来、毒舌を売り物にした時事漫才で活躍。63年には芸術祭の奨励賞を獲得した。74年には参議院選挙に立候補して当選。青島幸男さんらの二院クラブに所属するとともに、トップ・ライトのコンビを解消。議員活動のかたわら、単独で芸能活動を行うようになった。

 国会議員としては、一貫して身障者問題、老人問題などの福祉問題に力を入れ、82年からは社団法人「あゆみの箱」代表理事を務めた。

 80年の参院選では落選したが、83年12月に当時参議院議員の作家、野坂昭如さんが衆議院に出馬したため、繰り上げ当選。89年の参院選にも当選し、二院クラブの代表も務めた。

 95年に勲2等旭日重光章を受章。98年7月に政界を引退後は、漫才協団の名誉会長として、後進の育成に尽力した。同協団会長の内海桂子さんとの漫才を披露するなど、活躍していた。97年に胃がんの手術を受けた後、昨年、2度にわたって食道がんの摘出手術を受けるなど、闘病生活を送っていた。

2004/06/06(日) 窪塚洋介さんが飛び降りか 9階から、意識あり
6日午後零時10分ごろ、神奈川県横須賀市西浦賀町のマンションで、俳優窪塚洋介さん(25)が9階の自室のテラスから、約26メートル下の芝生に落ちて負傷した。窪塚さんは病院に運ばれたが、救急隊員に「痛い、痛い」と話すなど意識はあるという。
 浦賀署によると、窪塚さんはマンションから約9メートル離れたフェンス(高さ約2メートル)に当たった後、芝生に落ちたとみられる。フェンスに穴が開いており、落下の衝撃が和らいだらしい。
 同署は窪塚さんが自殺を図った可能性もあるとみて回復を待って事情を聴く。遺書などは見つかっていない。窪塚さんの妻は「テラスの方に行ったと思ったら姿が見えなくなった」と話しているという。
 落ちたのを目撃したマンションの住民が110番した。隣のマンションに住む男性は「激しい雨が降る中、救急車や消防車が来たので見ると、男性があおむけに倒れていた。後で窪塚さんと知った」と驚いた様子だった。

窪塚さんは、同市出身。2001年に映画「GO」に主演し、日本アカデミー賞主演男優賞などを受賞したほか、映画「ピンポン」「魔界転生」などにも主演している。

2004/06/05(土) 年金改革関連法が成立
今国会最大の焦点である年金改革関連法は5日午前の参院本会議で、与党などの賛成多数により原案通り可決、成立した。民主、社民両党は欠席した。

 参院本会議は5日未明、民主党出身の本岡昭次副議長が「散会」を宣告し、野党議員は退席したが、その後、倉田議長が「散会」宣告を取り消し、休憩に入った後、改めて再開。倉田議長の不信任決議案、坂口厚生労働相の問責決議案などを与党の反対多数で否決した後、年金法の採決に踏み切った。

 民主党などは採決無効を訴えており、国会の混乱は来週以降も続く見通しだ。

 年金改革関連法は、現行の年金制度の枠組みを維持したうえで、保険料負担を毎年引き上げて、最終的に固定することなどを盛り込んでいる。

2004/06/04(金) 「頭の中が真っ白に」 清原、センター返しで偉業
1点を先制し、なお1回2死一塁。清原が打席に向かう。外角低めへのボールとなるスライダーを2球見逃した後の3球目。外寄りに甘く入ってきた球を振り抜く。打球はボテボテながらも二遊間を抜けていった。
 夢中で一塁へ駆け込んだ。通算2000安打達成。西武時代の後輩であるヤクルトの鈴木と高橋由から花束を受け取ると高々と掲げ、歓声に応えた。「実はセンター前に抜けたことも、一塁ベースを踏んだことも、頭の中が真っ白になってあまり覚えていません」。普段はこわもてでならす男が感極まった。
 今季は屈辱のスタートだった。堀内監督は一塁手はペタジーニとの併用を打ち出し、ベンチを温める日々が続いた。4月末の神宮での試合では外野席に陣取ったファンが清原の先発出場を求めるプラカードを数多く並べたこともあった。
 そんなファンの声援が力となり、その恩に報いるために2000本目は巨人ファンが陣取る左翼席へ運びたかった。「本当はレフトスタンドへの豪快な本塁打で決めたかった。でも、打撃の基本はセンター返し。その意味では2000本目にして原点に戻ったという感じです」。鳴りやまない拍手に背番号「5」は何度も脱帽して頭を下げた。

清原和博、節目の記録

記録    達成日     対戦相手・投手

初安打   1986年 4月 5日 南海・藤本修二
1000本安打 1993年10月13日 ロッテ・伊良部秀輝
1500本安打 1998年 5月23日 広島・黒田博樹
2000本安打 2004年 6月 4日 ヤクルト・ベバリン

初本塁打  1986年 4月 5日 南海・藤本修二
200号本塁打 1992年 6月26日 オリックス・伊藤敦規
300号本塁打 1996年 4月10日 日本ハム・西崎幸広
400号本塁打 2000年 7月11日 広島・山崎健

2004/06/03(木) 「卒業式できなかった」=消えた最後の質問−引退の西川議員、がっくり
「この様子を全国の子供さんやお年寄りが見たらどう思うか…」。無所属の参院議員を18年務め、今国会を最後に引退予定の西川きよし議員は小泉純一郎首相への12分間の質問を控えていた。「卒業式」のつもりで練り上げた質問が強行採決で不可能に。「卒業式ができなかった」としょうぜんとした様子で語った。
 西川議員は他の議員の質問の間にトイレに立ち、戻ってきたら既に散会していた。採決にも加わっておらず、「(学校の)門を閉められ、卒業式がなかった上に、期末テストもなかった気分ですよ」とさびしそうに笑った。
 「18年間頑張ってきて、今回が最後。僕なりに総理への質問を温めてきた。どんな答弁をいただけるのか楽しみだった」と西川議員。「議員活動で全国の人に喜んでいただいて、良い卒業式をしたかった。本当に残念です」と目を落とした。
 「(強行採決が)定期的にあるということは、国会がちゃんと機能していないということではないか。政党の理屈でメトロノームのように右に左に振れて、迷走している」。混乱を極めた年金国会を振り返った。
 ただ、「もう良識の府は過去のものなのか」と問われると、「過去のものではない。一緒に仕事をしたいと思う先生もたくさんいた。総理が厚生大臣のころにはアポなしで私の陳情を受けてもらって、お世話になった」と国会の同僚、先輩らに配慮をみせた。

2004/06/02(水) 3年ぶり白星に涙なし 黒木、勝利は「通過点」
“感激屋ジョニー”に欠かせないはずの涙はなかった。黒木にとって、2001年7月7日以来、約3年ぶりの白星は「素直にうれしい」。だが、はじけるような笑顔ではない。はにかみがちな笑顔は「これからが始まり」という新たな決意を強く語っていた。
 4月17日の復帰登板から数え、6度目の先発。援護に恵まれず、白星は手にできなかった。「頭で考えていることと、かみ合わない」「もう、投げる喜びだけでは…」。苦難の日々は続いた。前回は6回を1安打0点に抑えたが、肩に微妙な違和感を覚えるアクシデントに見舞われた。
 だが、「もう一度、喜びを味わいたい」。復活だけを信じ、3年間を費やしてきた男は、そのくらいではつぶれない。
 この日は制球に苦しんだ。5−0の2回1死満塁のピンチを背負う。だが、逃げない。内外角、コーナーを突く投球で、笹川、井口を連続三振に切って取った。
 5回を無失点で投げ終えたものの、115球を費やした投球には、反省も忘れない。「もっと、もっといい投球に戻すことができる」。6回以降のダッグアウトで、頭をよぎるのは、次への思いばかりだった。
 1勝は「通過点」と言い切った。「胸には何か違うものが詰まっている」。それはエース完全復活への強い意志なのか。「涙はもっといい時まで取っておきます」。さすが“役者”の心意気だった。

2004/06/01(火) <小6女児殺害>切りつけた同級生女児を補導 長崎・佐世保
1日午後0時45分ごろ、長崎県佐世保市東大久保町、市立大久保小学校(出崎睿子(えいこ)校長、児童数187人)から「6年生の女児が首から出血している」と119番があった。消防署員と佐世保署員が駆けつけたところ、同市天満町、毎日新聞佐世保支局長、御手洗恭二さん(45)の長女で怜美(さとみ)さん(12)が校舎3階の「学習ルーム」で首など数カ所を切られ、既に死亡していた。同級生の女児(11)がカッターナイフで切りつけたと認めた。佐世保署は女児を補導し、佐世保児童相談所に通告した。

 佐世保署によると、女児は怜美さんを呼び出して切りつけたことを認め「すまないことをした」と涙ぐんでいるという。しかし、動機や呼び出した際の言葉などについては分かっていない。同署は6年生全員(38人)から事情を聴き、詳しい状況を調べるとともに、怜美さんの遺体を司法解剖して死因の特定を急ぐ。

 同署や市教委などによると、2人は4時間目の授業を受け、同0時35分ごろに給食の「いただきます」のあいさつをする際、担任教諭が2人がいないことに気付いた。ちょうどそのころ、女児が手に血をつけて校舎3階の6年生の教室に戻ってきたという。担任がただしたところ、女児は「自分の血じゃない。もう一人は学習ルームにいる」と話し、担任が同じ3階にある学習ルームに行ったところ、怜美さんが倒れているのを確認。一緒にいた教頭が消防に通報した。

 救急隊員は同0時52分、学習ルームに到着し、入り口付近で倒れている怜美さんの意識の有無を確認したが、既に心停止状態だったため、病院へ運ばなかったという。右首に深い切り傷があり、手の甲にも傷があったが、ほかには目立った外傷はなく、大量出血による失血死とみている。カッターナイフは学習ルームで見つかった。

 市教委によると、0時15分から同55分まで給食の時間だった。「学習ルーム」は広さ約60平方メートルで、習熟度別学習や総合的な学習の時間など多目的に利用されるという。

 大久保小は全学年1クラス。市役所の南西約500メートルの市中心部の高台にあり、周辺は住宅地。


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