Rukeの日記
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2004/01/22(木) アイティーバンザイ
欠席した時のプリントをもらいに一限の記号論理学の講義に出席したのだが、先生のWEBページで配布プリントはすべて公開しているとのこと。
http://www.senshu-u.ac.jp/~thb0442/tetsujin.html
便利だ。

ちなみに、今日だけ出たのは、別によくある、最後の講義だけ出席するというパターンではない。冬休みに一生懸命勉強して講義内容に追い付いて残りの講義はすべて出る予定だったのが、風邪をひいて先週出られず、しかも先週を入れてもう二回しか講義が残っていなかったのだ。

まあいずれにしろ、重要な授業を一限に配置するな、と教務課には言いたい。
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いやーレーザプリンタって速いね。はじめは27-32ページだけ印刷したんだけどあまりに速いんで勢いにのって全部印刷してしまったけれど、一瞬で終了。
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哲学人文コースのwebページのhtmlファイルをtetsujin.htmlにするのはどーかと思う。
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マクスウェルの方程式って
divD=ρ
rotE=-dB/dt
divB=0
rotH=dD/dt+i
こんな感じに書かれる。で、これらの式が出てくると大抵ヘルムホルツの一意分解定理に言及され、「電場、磁場がこれで完全に記述される」等と言われる。

これはめちゃくちゃおかしい。どうしようもなくおかしい。

近接作用という考え方は、因果律の記述の一形態なのであるから、それは、「その点と、ちょっと近くと、ちょっと昔の値からちょっと先の値が決まる」ということである。ある瞬間の電場、磁場は因であって果ではない。

それにも関わらずMaxwellの方程式は必ず、電場、磁場のdivとrotを与える四つの式として記述されるし、一意分解定理のこのタイミングでの言及もよく見られる。その理由にふと思い当たったので書いてみる。

その前に、上で文章で書いたことを数式で検討してみたい。実際に、因果関係を記述するように、Maxwellの方程式を書き直してみよう。

dD/dt=rotH-i
dB/dt=-rotE

すると式が二つで済む!一意分解定理への言及がどれほど見当違いであるか、これからすぐにわかるだろう。

それではもう二つの式はどうなったのか?形式的な解決は直ちに思い浮かぶ。それは
ρ=divD
σ=divB
としてこれらを電荷密度、磁化密度の定義とすることである。実際、先の二つの時間発展の式のdivをとると
d(divD)/dt=-divi
d(divB)/dt=0
から保存則
d(divD)/dt+divi=0
d(divB)/dt=0
が出てくる。先ほどの二式はそれぞれの第一項を文字でおいただけというわけである。

従って、電磁気的な、瞬間の状態を指定する状態量は電場、磁場、電流密度の三つで、このうち電場、磁場は電磁気の法則(先の二式)により時間変化し、電流密度は他の力学的ファクターや電磁気的な力(相対論的でない電磁気学では物凄く不明瞭だが)によって時間変化する。

この辺り、コンピュータシミュレーションをかじったことがある人は、シミュレーションの方法等を頭に描いて見ながら考えて見てほしい。確かにこの形での記述の方が、世界の作り方として好ましいと感じられると思う。

そして一意性定理なんてどうでもいいということが分かると思う。

それではどうしてこう書かれないのか。それは、上のように実際に書き換えてみればほとんど明らかであるが(頭の中で考えて批判してるだけで実際に手を動かさないからこんな明白なこと見逃すんだな…。反省)、物理学の鬼門、最悪の禁忌に触れるからだ。

物理学では、質点という存在は非常に重要な働きをし、そして同時に忌み嫌われる。あまりにもよくわからん存在で、数学的にも扱いにくいことこの上ないからだ。そして、質点が、場の特移点なのではないか、という考え方が様様な段階で顔を出す。

…そして完膚なきまでに失敗する。

力学を習いたての高校生ですら、重力の逆二乗則を知るとすぐに、この``革命的''アイデアに思い当たる。

#余談だが、例えば多くの小学生が、この世界がどっかの知性体の夢であるかもしれない、とか、コンピュータプログラムであるのかもしれない、等と考えたことがあるようだ。抽象的な数学の人気がないわりに、「形式的に同等であるならば、結局同等である」という考え方は、ごくごく普通の人々の日常の思考においてもポピュラーなのである。しかし、少なくともそのことに無自覚ではあるようで、それでMatrixが哲学的、斬新等と評価されたりする。しかし、Matrixが単なるアクションではない、と感じられる一方で、そこで描かれている哲学らしきものには、なんだかんだでそれほど斬新さを感じなかった人が多かったのではないだろうか。

しかしながら、このアイデアはすぐにエネルギーの発散などといった深刻な壁にぶち当たる。一高校生の手に負える代物ではないのである。

力学は、質点(物質)という存在を、排除したくてたまらないのだが、結局その定式化は質点というものに全面的に頼らざるをえないことになる。

従って、Maxwellの方程式は通常書かれるような形に書かれなければならないのだろう。単に、そうしないと使い物にならないという理由によって。

この物理学のジレンマは、量子力学においてもすぐには解決されない。

波動関数が多くの第一線の研究者に「粒子が場で表された」ように見えたのは、この問題の根深さを物語っている。実際には「粒子一個の状態を指定するのにすら古典的な場と同じだけのあほみたいに多い変数が必要である」ということで、問題がさらに複雑になっただけであったのだが。N個の粒子を記述するには古典場で必要な分のN乗の変数が必要だ。もう滅茶苦茶。

ここからはよくわからないのだけれど、場の量子論において、やっと、この問題は解決されるらしい。粒子を生成する演算子とか消滅させる演算子とか出てくるので多分そういうことなのだろう。ただ、いろいろな記述を読むと、まだまだ全然ちっとも完全ではないらしい。


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