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2003/10/25(土)
ベクトルカイセキ
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なんとなくベクトル解析の本に手をつけて見る。前に一度読んでみて、あんまり抽象的すぎるんで、こりゃ物理の本についでに書いてある程度の解説を読んでおけばいいや、と思ったのだけれど、改めて読み返してみると意外に視野が広がる。
そもそもなぜ抽象的すぎる、と思ったのかというと、ベクトル空間上の元に対する全ての線形関数の集合とか、二つの元に対する双線形関数の集合とかを考えていって(これらは全てベクトル空間になる)、後にそれらに内積、外積、共変・反変ベクトル、テンソル、などの意味を見出していく。どいつもこいつも同型になるから、物理での出現の仕方を念頭においておくとすごく面食らうタイミングで導入されることもしばしばだ。
相対論では共変形式の下でのテンソル(共変・反変ベクトル・スカラを含む)が物理的実体として捉えられる。そしてアインシュタインの縮約記法なんかを学ぶと、これがなかなか楽で楽しい。
それで、量子論でディラックのブラ・ケット記法を学ぶと、その意味がよくわからなかった。どう考えてもこれは共変・反変ベクトルそのものであるように思われる。どうして量子論の分野ではこのような冗談のような記法が用いられるのか不思議だった。
しかし、ベクトル解析を少し学んで見ると、この記法が結構合理的に見えてくる。理論の本質的な部分を見ようとした時、ディラックのブラ・ケットベクトルは互いに互いの線形関数へと姿を変える。そこには完全に抽象的な状態ベクトルと、様々な現象の定式化としての写像だけが残る。そして理論を実際に使おうとすると、ブラ・ケットベクトルは物理で慣れ親しまれているただのベクトルへと姿を変える。
この記法は抽象的な対象を扱うのには確かに適しているようだ。
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