〜花抜坂中納言日記〜
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最新の絵日記ダイジェスト
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2007/05/04 とりとめもなし。
2007/05/03 大型連休。
2007/04/30 3タテ。
2007/04/29 紀尾井ホール。

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2005/09/30(金) 岡田彰布。
 プラチナチケットになる可能性を秘めていたチケットを手に、神宮球場へ。
 結局消化試合の阪神×ヤクルト戦。
 観戦する側に緊張感や期待感が皆無で、ダラ〜ンとした雰囲気の、満員のレフトスタンド。
 一番盛り上がったのが、岡田カントクがグランドに出て来た時じゃないのかな?とにかく、気のない試合。

 それでもやっぱし、背番号80の岡田の背中を見て、感慨深いものがあった。
 それは、背番号16をつけた岡田の最後の姿を見たのが神宮だったからだ。
 オリックスに移籍する岡田の阪神最後の試合、私設応援団・東京岡田会の横断幕に「夢と勇気をありがとう ぼくらの胸に永遠に」とあった。
 その阪神低迷期を支えた岡田がまた「夢と勇気」をボクらに与えてくれたのだ。
 弱い時も、バカにされながらも、やっぱり阪神を好きで良かった。これから50年も60年も優勝できなくても、それでも応援し続けると思う。
 夢と勇気を与えてくれる限り…。

 今日のスタンドは選手を応援すると云うよりかは、選手に感謝するような、そんな暖かさすらあった。

2005/09/29(木) ビーサン賛歌。
 煌き眩い夏もいつしか過ぎ、街には秋風が吹こうと云うにもかかわらず、ドライブの途中ビーチサンダルを2足も買った。

 葉山の『げんべい』と云う、なんてことはない海の側にあるお店のビーサンが、ボクのお気に入りなのである。
 小学生のころ、オレンジの台に淡い緑の鼻緒のサンダルを買ったのがそもそものはじまり。
 それから、買っては履き潰し、また買ってと…。
 でもって、いままで愛用の赤の台に白の鼻緒のサンダルがぺらんぺらんになってしまったのを期にあたらしいのを買ったのだ。
 ボクはかしこまらない限り、半径100キロ圏内はビーサンで移動する。
 夏でも、秋でもビーサンだ。

 そんなビーサンを履いて、今日も街中をペタペタとゆくのである。

2005/09/28(水) 糠床。
 酔って帰って来たにもかかわらず、翌日ちゃんとスーツがハンガーにかかってる、着物がつるしてある、なんてことはままある。
 今朝、驚いたのは、昨晩酩酊して帰宅したにもかかわらず翌日の糠漬けをちゃーんと漬けていたことだ。
 何にも入ってないはずの糠床に手を入れて蕪にぶつかって、昨夜のことを思い出したのだが、きちんと包丁もいれてあるし…。
 おかげで今朝(と、いっても昼過ぎなのだが)とっても美味しいゴハンがいただけた。
 なんか、また食べ物の話になってしまったが、きょうはボクの宝物糠床の話。

2005/09/27(火) 穏やかで静かな一日。
 なんだか、久しぶりに家の食卓で食事をしました。
 考えてみたら10日ぶり…どこでフラフラしてるんでせう?目撃した方教えてください。

 そんな、久々の我が家(と、いってもひとり)の献立は秋刀魚。んー、秋の味覚。
 なんだか、その年初めて秋刀魚を食べた日は、必ずそんなことを書いているような気もしますが、とにかく秋刀魚を食べながら、絶対にツカサスタイルにそのことを書こうと思ったホド美味しかったワケで、それはそれで些細故にとても幸せになれる夕べでした。

2005/09/26(月) 日はまたのぼる。
 単独ライブ『蒲田系実演集会』を打ち上げてからと云うもの、どーもテンションを上げるのがキツいと言うか…いきなり、更新を怠った言い訳ではじまりましたが。
 結局は、毎日毎日二日酔いというような暮らし振りでありました。

 その最中、24日の日に蒲田の飲み屋さんのお座敷で『干物箱』を演る機会があり、そこでの一席と昨夜兄弟みたいな友人と久々に飲んだことで大変に勇気と元気を取り戻した気がします。勇気と元気なんて気恥ずかしいセリフですがね。

 世の中にはツラいことや苦しいことと同じだけ、楽しいことや感動することがあるわけで、やっぱし人間辞めらんないと思う一週間の始まりです。

2005/09/18(日) 生。
 睡眠時間1時間40分。
 熱いシャワーを浴びて、顔をあたったボクは、第三京浜を横浜へひた走っていた。
 横浜の清水が丘で、お金にはならないがとっても待っていてくれる人たちのタメに落語を演る為だ。

 そして、ボクをその施設に呼んでくれた同級生のオヤジさんが、大病を患い苦しんでいると云うことを、昨夜当人から聞いた。
 生とは、どうすることも出来ない、実に不条理なものに動かされている。その前で、ボクらは精一杯生きている。

 ボクは落語を喋ることしか出来ないけど、その友人が生きるすばらしさを感じて欲しいと願うばかりだ。

 この想い、お前にとどくように…俺は久しぶりに個人的な落語をするつもりだ。

2005/09/17(土) やっぱ、蒲田系。
 今夜も蒲田。
 それも21時集合。

 昨夜は、蒲田に来て世話になってるトコロにお土産の泡盛を渡し、それから早朝6時半まで、蒲田西口のロータリーで立ち話。

 そして、この日はいつもの屋台のお客さんたち総勢12人で飲み会。
 月曜の夜蒲田にいたかと思うと、火水木曜と沖縄、そして金曜土曜はまた蒲田…。
 やっぱ蒲田系に偽りなし、朝の9時過ぎまで蒲田の飲み屋に…昼過に一席あるってぇのに。

2005/09/16(金) 南国帰り。
 沖縄から帰ってくるとすぐ、21日の単独ライブ『蒲田系實演集会』が控えているので、アタマを切り換えなければならないのだが、南国の気候はしっかりと脳味噌をふやかしてくれた。

 むこうでも、夜部屋に戻ってから『品川心中』を喋ったり、聴いたりしたが毎日泡盛が入っているせいでなかなか捗らない。
 そりゃ、当たり前…40度の酒を飲んで、踊ってりゃあ稽古なんぞ出来るわけがない。

 それでも、カタチはほぼ出来ていますので、南国帰りの『品川心中』お楽しみに…。

2005/09/15(木) さらば、美ら島。
 レンタカーの運転は友人に任せて、昼間っからオリオンビールな三日目。

 首里城など観光施設をなんだかんだで一日費やして周わり、那覇市外に着いたのは夕刻。
 ここから怒濤のお土産買物タイム。
 ボクは市場がやっぱり楽しかったかな?みんなお土産にそこそこケッコウな泡盛を買ってましたねー、試飲もできるしね。
 あと、沖縄の楽器『三板』、さんばって読むんだけど、これもなかなか面白い買物だったかな。
 おしまいはレンタカーの店の近くのスーパーで沖縄そばの『生麺』を三人とも購入。お土産用じゃなくて家庭用の『生麺』じゃなきゃね。

 こうして、重たい沢山の荷物を持って登場手続きをしたのだが…ここで終わらないのが今回の泡盛&オリオンビールツアー。
 友人とふたり、空港の売店の立ち飲みスペースで〆のオリオンの生ビール…これからふたりが飲むの飲まないのって、まぁ飲んだんですがね。
 しまいには、すっかり金を使い果して、スタンディングスペースのカウンターに全財産、113円を置いて飲んでました。
 かくしてここから、帰りの空路2時間30分は友人の出資。機内のスバークリングワインと缶ビールが無くなってしまうほど(売ってくれなかっただけかも)。

 さぁーて、竜宮城から帰って来た三遊亭司は、お土産の玉手箱をあけると突然おじいさんになってしまい落語協会の理事になりました…なんてことはなく、21日に独演会をやる若手噺家のままでありました。

2005/09/14(水) 竜宮城。
 沖縄二日目。

 本島からボートで小一時間、慶良間諸島へ。
 太陽の下、海風を受けながら気分は若大将・加山雄三。ちなみに大将といえば欽ちゃん。

 2本のダイブのあと、ランチを挟んでもう1本。
 その1本目で初めてのウミガメとの出合い、またまた感動。この旅は感動の連続。
 神々しい姿を目にでき、海の神様に挨拶出来たような気分。
 2本目では、真っ白な海底砂漠に映る自分の影を眺めてボーッとしたり、3本目ではダイナミックな地形でネムリブカ・サメのコドモを見たりと沖縄の海を満喫。

 そして、夜はまたまた国際通りに繰り出そうと云うようなわけで、民謡酒場にて一杯。
 ダイビングの後は喉がカラッカラになるし、この亜熱帯のような暑さの中のオリオンビールは格別。また、沖縄民謡が泡盛の酔いを引き立てる…すっかり酔って踊っていた、大笑い。

 表に出ると、まだまだ国際通りは賑やか。ボクも酔いが手伝ってか沢山の買物。
 それでもって、〆はらーめんならぬ沖縄そば。

 龍宮城のような、日々はあっと云うまに過ぎ、早くも明日が帰京となる。

9月絵日記の続き


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