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最新の絵日記ダイジェスト
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2012/11/27(火) 降ってきました
 今朝から降りだしたようです。今のところ3cm。明るくなってすぐ玄関前の黒パイプを直して通水しました。これから春まで頼みますということです。では積る前に脱出と致します。

2012/11/26(月) とりあえず今日で終了
 雨と風で今日は大荒れの様相になった。仕事はほとんど終ったようなので僕は明日お医者巡礼に出ることにした。
 以前なら夜中の内に高速に乗っていたのだけれどこのところどうも夜のしかも雨の高速は苦手になって明日ゆっくり出ることにした。出る前に玄関前の雪消しホースを直して散水の状況を見てからということになる。今朝パイプが詰まって何時ようなので木の栓を外して塵を取って栓をしたのだがパイプが割れてしまったのだ。寸法を短くして応急対策をこうじるわけだ。どうにかなるからやればいいとおもっている。
 南の風が強く古くなったカッパを二重に着ての作業だったがそれでも濡れてしまった。
 さて、久しぶりの上京だがこれがなかなか忙しい。タミコのお墓を掃除して行ってこよう。

2012/11/25(日) な〜んにも
 晴れたのだから仕事は進んでもいいのだがナァ〜んにもやらなかった。さくらんぼの木の雪囲いに出た。後は索道小屋の雪避けネットだけなのだがそのまま家に入ってストーブの前にだらしなく寝そべっていた。疲れたのか嫌になったのか、晴れて気が抜けたのかそんなところだ。
 明日仕事に出たらチョッと旅に出てこようと思っている。だから12月の7日頃までは日記も何も知らんぷりしてポリープ摘出をして帰って来る。この10月から11月と何となく疲れた。仕事もしたし工事もした。よしとしよう。

2012/11/24(土) やることはやるのだ
 どうにか持っていた空はやがて雪に変って積るのかなと思わせた。強弱をない交ぜにして降る雪は挑戦的である。
 新潟から大切な薪をせがまれて、取りに来た人が去って僕は便座の交換を終え、側溝の塵取りをやって上水のホースを設定して歩いていた。
 ここの大家さん、信一さんがご子息の車に乗ってやってきた。来年のなめこの駒打ちの木を切りに来ていた。
 信一さんと会うのも久しぶりだった。相変わらず元気なようでホッとした。信一さんは何というのか僕にとっては「亀仙人」のようなものである。彼が元気であることはここに居る僕にとって大切なことだ。
 仕事を終える頃降りだした雪は積るぞとガンを飛ばしてきた。

2012/11/23(金) 関が原のつもりだったが予定が狂う
 重機を下げる日だ。朝のうちは気温も低いだろうから10時からの作業開始となる。その前にトイレの水を切った。索道を渡って福一さんのところに40mmの黒パイをもらいに行く。対岸の手すりを外しているとオペレータがやって来てゴトゴトとバックフォーを移動させた。Mろーど途中のナラの木の大きな塊を福一さんの軽トラに積んで、会社から2tダンプを借りて和山までバックを運ぶ。予定のトラックが借りられないということで会社のダンプを使うのだが少し積載オーバーになる。壊れている部位をついでに溶接してやろうとナラの木を軽トラから下ろしてゆっくり津南まで重機を運んだた。帰って軽トラを屋敷のスノーセットに仕舞って索道側の手すりを片付ける。作業小屋にいれるものを納めて日が暮れたので今日は作業をやめた。途中から雨になってすっかり濡れた。明日もやることがある。トイレの便座をかえてもらってきた黒パイをセットしてMろーどの側溝を片付ける。索道の右岸側の駅に雪避けネットを取り付ける。後は野となれ雪のやまとなれだ。

2012/11/22(木) 厳しいところだから美しいものが
 今日だって索道は凍ったままで対岸に渡るのに苦労をした。そりゃ昨日よりは良かったけれど気温は下がったままだ。和山から切明に向う8時前は道がガリガリに凍結してブレーキを踏んだまま車は滑ってゆく。そんなときは10kmに速度を落としてポンピングでブレーキをかける。雪のあるところにタイヤを向けてそろりそろりと急な坂を下ってゆくしかない。融雪用の塩カルでも撒いておいてくれればいいのだが間に合わないのだろう。それだけ急な気温の低下ということだと思う。その分山はきれいに浮んで見えるが命あっての景色だと思う。厳しい所には美しいものがあるとは木曽の友人の言葉だがそうだと思う。午後になって道もずい分緩んで朝のようなことはなくなったが明日からの連休にここを訪れる方はよくよく注意されたい。

2012/11/21(水) いやー寒い
 今日の寒さも半端ではなかった。寒さのなか降った雪はここでは5cmほどだがMろーどとの分岐では15cmほどもあっただろうか。こんな状況の中僕はバックフォーを下げなくてはならない。トラックを頼んでだとしても雪でここまで来れないだろうと気をもんでいる。トラックは4駆はないのだ。最悪の場合は自走して切明まで下ろす。そこで天気を見てトラックで搬送する。となるのだがうまい事行くのか心配なのであります。朝5時50分に起きて天気予報を見ますが明日は曇り23日の搬送予定日は雲り雨でここでは雪になると見るしかありません。津南は晴れていてもここ秋山は税金の払いが悪いのか何時も雪になります。それが寒くてがりがりに凍ります。索道なんかひどいものでワイヤーに雪が付き凍り、ロープまで凍っている始末。がりがりつるつるで対岸に渡るまで普段の10倍の時間がかかってしまいます。こんな所に住むのではなく海の見える高台で最後を迎えたいものです。でも帰って仁成館の風呂に浸かっているとそんなことの全てを忘れるのです。頭はやはり悪いままです。
 今日は仕事で志賀方面に向かいました。岩菅烏帽子がきれいでした。

2012/11/20(火) この時期の山に
 手伝いで山を歩いていた。雪は10cmほどで朝のうちは歩き易かったが帰りには気温が上がったのか滑って困った。思うにこの頃というのは水平道は静かなものだ。こんな時は何人かで歩くのも面白いものだ。ただ熊に逢う可能性は高くなるからひとりではダメだ。おまけに冬季対策で橋は取り払われているし手すりも撤去されている。チョッと高齢になった山のベテランでなければならないが。ということは止めたほうがいいのかもしれない結局。
 今朝、久しぶりに兎を見かけた。冬毛になっていない兎でそういうのもいるという。このごろよく見かける生き物はタヌキ、ムジナ、テン、サル、ヤマドリなどだが奥山に向うとクマやカモシカの足跡もよく見ることになる。遇いたくない生きものもいるが冬に向って彼らも必死のようである。

2012/11/19(月) 久しぶりに晴れて苗場は見れたが
 今日の寒さでトイレの水が凍ってしまった。仕事から帰って来ると凍結は解消していたがまさかの事態にチョッとおどろいた。ここの水は源泉は同じなのだがトイレは冬季は通水を止めている。今度の23日には水を切ろうと考えていたがあまりにも今朝は寒かった。帰って来て水を流して何とか23日まで凌ぐしかない。
 仕事も同じで指さきが痛いくらいで昼まで回復しなかった。これからの外仕事はこの連続だ。明日も仕事を頼まれている。今日と同じように渋沢方面へ向かうという。晴れた今日は陽だまりを見つけて食事を取れたが明日はどうなるだろう。風邪でもひいて寝ていたいとも思うが仕事となればそうは行かないだろう。

2012/11/18(日) なんとなれば
 昨夜からの雨はとどまることを知らず。終日雨と雪の入れ替わりだった。そんなときは何にもやらないほうがいいのだけれど色気を出して外にでてみた。雪消しの水が止まっている。ストーブの煙突の掃除が待っている。一厘車のタイヤを外してみた。手すりを外して電柱に立てかけた。雪囲いを全部取り付けた。そのうちに雪が強くなってきたので軽トラを右岸に回送しておくべきと考えた。ノーマルタイヤなので積ると雪が消えるまで立ち往生になってしまう。リスクは回避しておくほうが懸命なことだ。ただこのところズーッと天気が悪く30cmの積雪になってもおかしくないと感じていた。
 やれることはやったが冷たい雪に手がかじかんでしまった。青空が見えれば何でも終えることが出来るのだがと湯で風呂を借りて帰って来る。

11月絵日記の続き


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