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最新の絵日記ダイジェスト
2013/08/09 予定の作業をこなす
2013/08/08 最後の焼畑のころ
2013/08/07 他人の力で生きてゆく
2013/08/05 貧すりゃ鈍する
2013/08/04 僕はツールド栄村でいいと思う

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2009/11/29(日) 入営
 東京の今日は寒い。足を引きずり築地に着いた。仕事は明日7時からだと云うのでまた帰ろうかと考えている。今年の兵舎は最悪で去年のような息抜きは出来そうもない。むしろ戦場が居やすい場になりそうだ。
 そんなことよりタミコが心配だ。奴さんフンをしない。食べないから仕方がないがちょっと困った。

2009/11/24(火) 診察
 昨日と比べて随分寒いと感じました。東京の西部は山と同じなんだとガッカリです。タミコは診察の結果便を柔らかくするクスリをもらって来ました。10年前に推定10才だと言われたようで、20才の割には骨格も毛艶もいい。ねこは頑固だからエサを変えても食べないこともあるという。お腹を触って便を感じたら掻き出すしかないようだ。そうなりゃ老人用の浣腸でも用意して置くようだ。でもタミコの20才には驚いた。
 それからが忙しかった。年金追納して賀状を買って、宅急便を出して、ユニクロでズボンや靴下、シャツ。ネコのエサやら、インフルエンザの注射。お金はアッというまになくなった。これなんだな東京の落とし穴は。

2009/11/23(月) 退散じゃ
 今日になって日が出ている。出来るだけ早く帰ろうと思う。きのうと今朝タミコに少し荒療治をした。あれからタミコは自力で親指大の糞をした。それに遠くつくばから薬についてのご指導を受けた。ネコも老人も同じで便を柔らかくするには酸化マグネシュームの入った薬を貰って飲ませる。ビオフェルミンは整腸剤で軟便の時に飲ませるということだ。ひとつ勉強になった。感謝。
今朝のタミコは少しいいようにも思ったのでまた荒療治をした。タミコはギャーと叫んで力を落としたが、小指の先にフンが感じられそれを掻きだす。一時間経つがまだフンをしない。
 水を切った、手洗い、洗濯、風呂場の水だ。これから給湯器の水を切って勝負だ。帰ってきたときどうぞ「お平らに」と。
 出稼ぎに出ると日記が書けません。どうにか時間を見て短い日記をメールで送ります。毎日はかけませんが出稼ぎがどんなものかできるだけ頑張って書き送ろうと考えます。では皆様のご健闘を祈ります。
 今日の名言
  悲劇でも喜劇でも、楽しく生きる者の勝ち 
              ウッディー・アレン「メリンダとメリンダ」

2009/11/22(日) タミコは病気だ
 予定のことは終了。つまり橋は完成だが丸太が心もとない。冬もつか心配だ。車庫の屋根のシート掛けは4人でどうにか終えたが怖かった。みんなが帰ってからトイレの水を切って、U字溝の落ち葉をかき集めた。やりながら何だかとてもどうでもいいように思ってしまった。結局いろいろやったとしてもなるようにしかならないし予想もしない出来事が出てくるのだ。何だか力が抜けた。
 我が友「タミコ」が何度となく砂場に行って大便を試みるのだが出ない。やっこさんも困っているが、食事も取らず私としては心配で友人に電話して対策を練るのだがビオフェルミンを解かして飲ませたり、お尻に手袋して指で掻き出したりとにかく見ていられない憔悴振りなのだ。明日車で帰るにしてもたどり着くか気になる。火曜日に病院に連れて行くしかない。参った。
 今日の名言
  ままならないのが人生だ!そうだろ!
                 「ローマの休日」

2009/11/21(土) 側溝土砂上げ
 橋架けの前にバックフォーを津南に運ぶ算段をしなければならない。ロングのトラックを持って来てもらった。積み込む前に先日の風で落ち葉に埋まった沢や側溝を片付けなければならない。来年の雪解け時に水が溢れて路面を傷めるのは必定だから嫌でもやっておかなければ。昼までかかってしまったが今にも降り出しそうな空模様で津南まで積もる前に帰らなくてはならない。忙しい。昼飯を食べて丸太を岩の上に乗せる手伝いを頼んで全部で5人で丸太だけ掛けた。雪が降り出したので今日はやめた。明日は丸太に板を打ち付けて番線で固定すればいいのだからこれで架かったようなものだ。雪は水雪から少し粉雪に変わったようにも思うのだけれど一台4駆でない車が入っていてそれを上まで持って行っておいた。用心である。
 4時半現在気温は1℃。雪は上がったけれど安心は出来ない。
明日は軽トラ車庫の屋根修理とU字溝の落ち葉を取って水はけを良くしておこう。どうもタミコが元気がなくフンずまりのようで帰ったら医者に連れてゆくか。
 今日の名言
  子供が出来てからは、ふたりで家を守る責任を感じたんだ。
                ボリビア・エルアルト市エステバン氏

2009/11/20(金) 降雪1000m
 きょうが最後のお弁当もちの仕事になった。明け方に降った雪が1000mの上にくっきりと印をつけていた。冷たい一日で今年最後の御普請組の作業に震えていた。草津に向かう道は1000mほどの標高があって雪は積もっていたりまた消えたりと歩く足元を気にしながらの移動だった。あんまり寒いので雄川閣の風呂によって暖まった。もちろん帰りに「捨て丸」をかまってきたが、どうもあの犬はイヌ臭くていけない。温泉があるのだから従業員は洗ってやるべきだろう。どうも今時の若い者は気がつくのに時間がかかりすぎる。
 夜、日記に向かおうとしていた時、高波さんに頼んでおいた荷物を持って来てくれた。当然いい気分のお酒になってずいぶん呑んだ。そのうち寝てしまったけれど気がつくとふたりの男が立っていた。時計は1時を回っていたが起きてまた呑んで2時に眠った。明日は橋を掛ける。ということだ。
 今日の名言
  時間は容赦なく過ぎてゆくのに、少しの部品しか出来ない。
                   スイス時計職人ロート

2009/11/18(水) 晩秋初冬は暗いねずみいろ
 雨は明け方から雪に変わった。積雪は5cmほどでこの辺で「水雪」といわれる雪である。その中で細かい手作業が続いた。吊り橋のネットを外すのだ。細かい紐を雪の中で解くのだが手袋を脱いでの作業はあんまり気楽なものではなかった。降っていなければ楽なものだが雪では降参だった。
 ところで勤労感謝の日に出稼ぎに行くのだが、ここでの作業は後二日となった。御普請組の仕事もこれでほぼ終了となる。いつも思うのだが出稼ぎに東京に向かう自分はここを離れる事を嬉しくも思っている。ほんとはみんなこの時期暖かいところに逃げ出したいと願っているのだ。それは当たり前でだから嫌な出稼ぎにも行ったのだろう。お金もあるけれどそれだけではないと思っている。「あんた東京に行けていいね」と何回も言われ、春になると「この冬はどこに居たんだい」と聞かれた。ここで生まれ育った年寄りでさえそうなのだ。それだけここの冬は色がない。
 友からのメールに”根雪になるまえはみぞれ、暗いし一年中で一番気の重いときだ。晩秋、初冬は暗いねずみいろ。ぐしゃぐしゃ泥んこ、根雪にならないと遊べないし、もっぱら家の中、ラジオの浪曲、お袋と聞きました。”そうなんだよな〜今の都会の人には分からないだろうけれど私の子供の頃の東京は結構どろみちが多くて。そんなことはすっかり忘れていたけれどこの時期の水雪の山道を歩いていると忘れていた時代を思い出すんだな〜
 今日の名言
  金色のダンシングシューズが 散らばって 私は人形のよう。
                     安井かずみ絶筆 

2009/11/17(火) 落ち葉時雨
 夜になって気温は3度で時雨は雪に変わるようです。つるべ落としの暗さの中で気分も寒いと感じてしまいます。この時期はいやなものです。
 落ち葉時雨の中をカッパを着て山の道の雪対策に歩きます。寒くて指先が寒さに慣れるまでは痛いくらいです。時々時雨が雪に変わってあっという間に山が白く色をなくします。持っているものをみんな着てすっかり真ん丸くなって落ち葉の上を雨にぬれながら国定忠治を気取って歩きます。”峠三里を後ろに捨てて〜、旅は憂いもの辛いもの。野に置く露の草木にも、こころ残して旅がらす。歩く街道かずあれど国定忠治は通せんぼ”というのは浪曲だけれどもひとりで鼻歌を歌っていた。
 それでも秋は春より暖かい。着すぎのせいかも知れないが花見の胴震いのような寒さはない。山頭火の「時雨れてくるか」という俳句を思い出した。風呂に入って体重計に乗ったら60kを割っていた。きのうきょうと胃が重いのはがん細胞が弱った体調に力を得たのか。まァどうでもいいが。
 今日の名言
  探してもない部品は結局自分で作ってしまうしかない。既成の部品に合わせるのじゃなくて。
      ロボット作家 高橋智隆

2009/11/16(月) 知床の岬に〜浜茄子の咲く頃…
 仕事を終えたら寒いので直ぐに帰ってきた。帰って来ると先日亡くなった森繁久弥の追悼番組を見た。日記なんか後回しにした。
 そりゃ違うのだが、どことなく亡くなった父親に似ていた。同い年の大正2年生まれの父親は生きていれば今年で95歳になったはずだった。森繁を見ていると父親がダブった。親には反発したが、tvの森繁の意見には聞き入った。父親に言われているように浸みてきた。
 私が子供だったころ、無為徒食でいられたころに帰るように錯覚した。森繁にはそれだけの力があった。面白くてやんちゃで教養があって人情家だった。そんな森繁の映画や歌、芝居や朗読を聴いて育った。新宿のあのころ。どことなく小便臭く、傷痍軍人の白衣、ガード下の靴磨き、デパートのアドバルーン、西と東に行く繋がっていない都電。明治通りにはトロリーバスが走り、新宿通りに沿った伊勢丹には昔、売血所があったな〜と番組を見ながらあのころの自分を探していた。このところtvでは緒方拳、向田邦子、安井かずみや鬼籍に入った歌手達が出てきて私の時代の最後の10年を盛り上げてくれているけれど、私を育ててくれた映画人や小説家、詩人達がひとりひとり消えてゆく。それでも私は彼らの残した仕事を覚えていられる。感謝である。
 今の20歳は森繁も向田も安井も何にも知らないがこれからどうするのだろうか。ドキドキしてしまう。敬称を付けないのは他人のようには感じないから。すみません。
 今日の名言
  自分が死ぬってことがわからないうちに死ぬというのは大往生なんだな
              「大往生」森繁久弥氏の口調で

2009/11/15(日) さてと、作業を続けよう
 8時前に電話で起こされた。それまで布団の中で如何作るかと考えていた。きのうの凍結防止の保温コードの取り付けやタネという池、屋根が壊れた小屋に軽トラを入れるための屋根をシートで覆う方法を。で、そのまま起きてまず保温コードを巻いた。ほんとはどうもパイプに直接巻くらしいのだが間違えた。でも気温が3度になるとサーモが点いて保温するのならと言い訳をしてそのままにした。食事を取ってタネを作った。先週作ったものを解体して4m×2mで新しいシートを広げた。ちょっと大きすぎた。スリムではないがこれも諦めた。昼を過ぎてしまった。お茶とセンベイを食べて湯に向かった。小屋は2年程前に雪で壊れた部分を梯子を固定させてシートで覆う際ひっかからないように準備をした。一人で大きいシートを被せるのは無理だから今日はここまでとやめた。福一さんのところで山ぶどう酒を試して帰って来たらもう暗くなっていた。手摺りを片付けて私の葡萄を潰して始末した。面倒だからスパゲッテーを茹でて夕食にした。
 何だか子供の日記だなー。でもきれいごとのように話してもしょうがない。面倒で大変で嫌になっているのだからこんなものか。
 今日の名言
  友だちがみんな死んでゆく。それが老人か。
            映画「ハリーとトント」

11月絵日記の続き


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