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2009/10/13(火)
熊の糞に導かれて
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山に向かって歩いていると上から単独行の登山者が下ってきた。「きのうは」「避難小屋でした」「熊に逢わなかったかい」「熊の気配はずーっとあったが、逢わなかった」単独行の男はリックを揺すりあげて下っていった。まだ9時の前だった。途中トンネルを越えると大きな熊の糞が道の真ん中に落ちていた。下痢をしているのか軟便のこなれたどんぐりがズーッと続いていた。「これはどうしたのかい」と思いながら熊の糞を追いかけるように山へと向かった。群馬に抜ける街道に指しかかる頃ひと際大きな糞が道にへばりついていた。仕事を終え5時間もしてふたたび帰り道にかかると熊の糞は表面を黒く変質させて続いていた。臭いはしなかった。そこで考えるのだが熊は朝にあの単独行の登山者と相前後して歩いていたのかもしれない。今年はどんぐりが豊作だ。楢の木が枯れてくるのは「津南新聞」によると酸性雪の影響もあるという。中和させる為に炭を樹木の周りに何ふくろも撒かなければならないという。楢の木は必死で種の保存のためどんぐりを残しているのかも分からない。この山の平和な斜面に暮らす熊にしてもリスやネズミにしてもこのどんぐりの楢の木の衰退は大きな問題だ。それを知ってか熊は必死でどんぐりをむさぼっているのかもしれない。熊の糞も環境の激変に起因するのかもしれない。人間の存在が環境を壊し、野生動物を絶滅に追い込んでいるのだろう。そこで山を下りる熊は害獣として撃ち殺すというのは、自分の首を絞めているようなものだろう。腹下しの熊に逢ってみたくなった。 今日の名言 この世に存在する数々の問題は、その問題が発生したときと同じ考え方では解決しない。 アインシュタイン
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