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2007/08/01(水)
どうしたら哲学
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田舎では時として選挙に遅れると電話が掛かってきて「早く来てくんネーかい、もうお前様だけだすけ」と言われることがあるという。私はまだ経験がないが投票に行くと、然もありなんといった状況に出会うことはあった。人が少ない割りに朝から晩まで投票所に詰めているのは苦痛だろう。 今回の参議院選挙の投票率58lにはがっかりさせられた。電話で投票をせかされるのはどうもだがもう少し関心があってもいいと感じた。この国の現状や将来を考えるとたとえ一票といっても自分の意思を表すチャンスではないのかと思いつつ、でもそれだけでもないように私には思えてきた。選挙後の各政党の発言を聞いていると何処か政治家の側に国民とのボタンのかけ違いのような違和感を禁じえなかった。勝った負けたと騒ぐ前に置かれている状況を見るにすべての問題に社会保険庁やミートホープのような慣例や前例から出られない保身の構図が見えてくるように思った。批判を恐れていたり独自性をもてなかったり人とか組織とかの付き合い方が下手なのではと思う。どうもこの国の人間には哲学を持たない人間が多すぎるようだ。ことに選ばれる側には組織に飲み込まれる哲学がう地捨てられているようだ。そんな人間を選ばなくてはならない側としては諦めるしかないのだろうか。白紙で投票するのも意思表示なのだが。これだって哲学だ。 仕事が切れたのでこれからお線香を上げに出るのですが、東京行きの高速バスは満員が続いているようです。元社会保険庁のニューグリーンピアの送迎バスも8月は運休ということでした。 写真は水平道に残る昭和30年代の軌道の枕木の跡です。
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