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2008/12/30(火) ベトナム放浪旅 その4
昨日はだいぶ優雅な一日を過ごしたので、今日はまたアグレッシブに過ごそうかと。

ということでまたまたレンタルバイク。
ちなみにここのバイクはだいたい100ccなので、俺の免許では運転できないクラスだが・・・まぁいっか。
もっとも、この道路状況ではそんなにスピード出せる箇所なんてないけど。

今日は中心市街を抜け出して、途中の市場や裏道に寄り道しながらチョロンという街へ。
ここは問屋街が広がる街で、繊維問屋街、鉄鋼問屋街など
地区によってまったく違った顔を持っている。
当然、外国人などいるわけもなく・・・
しかも、さっき市場で排気ガス対策用の専用マスクを買って
それをつけてバイクに乗っているわけだから
その溶け込み具合はかなりのものだっただろう・・・。

チョロンのもう一つの特徴は中国人街があるところ。
日本の中華街とは違ってそこまで観光地になっているわけではないから
本当に中国にいるかのような錯覚を覚える。
寺も、ここだけは中国仕様になっていて興味深かった。

昼飯は、適当に見つけた地元の定食屋にて。
観光地ではないから、英語のメニューなどあるはずもなく
適当に指を指しながら注文をしたのだが・・・これが、どれをとってもうまい!
基本的に東南アジアの料理は好きだが、
その中でもベトナムの料理はクセがあまりないので日本人には受け入れられやすいはず。

チョロンを満喫し、しばらくホーチミン郊外をバイクでぶらぶらし、中心街に戻る。
しばらくしたら雨が降ってきたので、カフェでしばし休憩。
その後はまた市場に行き、土産を買ったりした。

その時、突如猛烈なスコールが襲ってきた。
市場の中にいたのだが、雨が屋根をたたきつける轟音が響き渡る。
と同時に、市場の中に雨水が流入し、あっという間に水浸しになってしまった。
外も外で、道路は冠水して人々が慌てふためいていた。
乾季のこの時期のスコールは珍しいらしい。

さて、そろそろ出発の時間も近づいているのでタクシーへ空港へ。
今回は観光地をまわるのではなく、ベトナムに馴染むことを目的としていたが
初日に比べれば、外国人向けの客引きに遭う回数も圧倒的に減ったし
その目的は達成されたんじゃないかと思う。
心行くまで東南アジアを堪能できて満足だった。
刺激に次ぐ刺激で、最後の最後まで飽きさせない国でした。
あとはもう、おとなしく飛行機で帰るだけ。無事に旅も終われそうです。


そんなことをしみじみと思いながら、冠水した道をゆっくり走るタクシーの窓を開けて外をぼんやりと眺めていた。




いやぁ、ほんとに無事よか・・・・ジャッバーンンンdsふgちゃmmぽjいsんx:z!!!!!





な、なんで俺、全身びしょ濡れなのさ・・・!?




最後の最後に、横をすり抜けた大型トラックの巻き上げた雨水が

開けた窓から見事に入って来たのでした・・・。

運転手も俺も、水浸しの車内でもう笑うしかない・・・。

最後の最後まで、いい刺激をありがとう、ベトナムよ・・・。

2008/12/29(月) ベトナム放浪旅 その3
さて、昨日の興奮も冷めやらぬままに朝を迎える。

だいぶはちゃめちゃな一日を過ごしたので、今日は割とおとなしめに過ごします。
今日は、現地の旅行代理店で見つけた「メコン川一日ツアー」に参加。
日本人向けのツアーだし、移動もツアーガイド付きだし、昼食もついているしで、
気分的にも体力的にも非常に楽なもんです。

貸し切りバスでバイクを掻き分け、メコンデルタの街、ミトーへ。
目の前に広がるメコン川。
昔から地理が好きだったけど、教室で地図帳を眺めているときは
知識としてそれらの名前を記憶しているだけで
まさかそこに自分が立つなどとは思ってもいないことだった。
それがいま、現実のものとなって目の前に広がっている。
妙な興奮とともに、なかなか実感の沸かないこの複雑な気持ち。
国内旅行ではなかなか味わえない感覚である。

港で小船に乗り換えて、メコンデルタのジャングルの中へ。
まさにディズニーランドのジャングルクルーズそのもの。
違うのは、象や首狩り族が襲ってこないことと、ガイドがギャグを飛ばさないことか。

途中、こういったツアーには必ずついてくる、
ハチミツ工場の見学(をさせてハチミツを買わせる)と
ココナッツキャラメル工場の見学(をさせてキャラメルを買わせる)と
異様に土産物が充実した店でのトイレ休憩(をさせて土産を買わせる)を挟み、
象耳魚という名物の巨大な魚のフライと生春巻きを食す。

午後も船でのんびりとメコン川クルーズ。
12月とはいえここは亜熱帯。気温は30度近くまで達する。
そんな中、心地よい風を受けて進むのは実に気持ちがいい。

優雅な時間を過ごして夕方にホーチミンに戻ってくる。
ツアー中に仲良くなった日本人と3人でナイトマーケットに出かけ、屋台で夕食。
地元のビールで乾杯をして、たくさんの屋台料理に舌鼓をうつ。
みんなで食べる夕食は、何種類もの料理をシェアできるからいいね。
こんなところでふらふらしている人たちだけあって、当然旅慣れている。
しばし、旅の話で盛り上がった。

その後3人で向かったのはドンコイ通りにあるマッサージ屋へ。
このあたりはベトナムでももっともオシャレな一角で
フランス統治時代の色を残して高級店が立ち並んでいる。
そんなところにある店だから、当然中は異空間。
それまでのベトナムの喧騒が嘘のような雰囲気で、
ここはどこなのか一瞬わからなくなってしまう・・・。
そんな中での90分のマッサージは極上でした・・・。

さて、現実に戻って2人とも別れ、今日はおしまい。

今日は癒しの一日だったな〜。

2008/12/28(日) ベトナム放浪旅 その2
さて、実質ベトナム1日目です。

今回は「東南アジアを放浪する」ことがテーマなので
いわゆる整備された観光地にはあまり行かずに
ただひたすらに路地に入ったり市場に行ったりして
写真を撮りまくっていました。

もう予想してたとおりの風景、匂い、雰囲気で。
いかにも東南アジア!っていう中を歩き回っていました。

ベトナムに来てまず一番驚くことは、町中がバイクで埋め尽くされていること。
道路は何十台、いや、何百台のバイクで埋め尽くされ、
2人乗り3人乗りは当たり前、中には4人で乗っている猛者もいる。

そして、トラックで運ぶような大量の野菜や建材を
強引に荷台にくくりつけて運んでいる。

そのうえ交通ルールがあってないようなもので、
赤信号で突っ込む者あり、車線を逆送するものあり。
曲がるときもウインカーなんて出すはずもなく、
クラクションを目いっぱい鳴らしてバイクの波に突き進んでいく。
もう、めちゃくちゃな世界なのです。

こんな状況で小中学生は道も渡れず通学が不可能、
そのためたいていの小中学生は親のバイクで送り迎え・・・
それがさらに渋滞に輪をかける。

・・・いやー、俺、結構昔から原チャリでいろいろと放浪してたじゃないですか。
この風景を目前にして、ただ眺めて満足するはずないじゃないですか・・・。


・・・ということで、レンタルバイクを借りて、いざ突入!!!

右車線走行ということで最初は戸惑ったものの、
いざバイクの波に入り込んでしまえばどうってことない。
外から見るほど中は混沌としてなくて
みんなそれなりの節度を持って運転していることがわかる。
おのおの10センチ程度の間隔を保ちながら・・・(笑)


ベトナムには2人乗りで客を運ぶバイクタクシーというのがあって、
名物であるのと同時に、外国人に対するしつこい勧誘も有名である。
道を歩いていると、あちこちから声がかかり、しつこくついてくる。

タ「おい、バイクタクシー乗らないかい?」
俺「いや、いいよ。」
タ「せっかくベトナムに来たならバイクに乗らないと始まらないぜ!」
俺「さっき自分で運転したからいいってば。」
タ「・・・このデンジャラスな中を運転したのか!?」
俺「そうだよ。」
タ「・・・そうか・・・。気をつけろよ・・・。」

バイクタクシーの勧誘も、さすがにたじたじのようである(笑)


夜は、街の中心の公園で新年を祝う祭りをやってたので
屋台や各種ステージイベントを見ながらふらふら。
イルミネーションがきれいでした。
いまだにクリスマスの飾りも大量に残っているのもご愛嬌。


ひととおり見終わって、宿に戻ろうとしたら
路肩のスポーツバーでいきなり歓声が上がり、みんな絶叫しだした。
万歳をしてるから、どうやら何かの試合に勝ったらしい。
よくよく話を聞くと、サッカーのベトナム代表が
初めて国際タイトル(東南アジアカップ)を獲得したとの事。
しかも相手が強敵のタイだっただけに、余計盛り上がっているのだとか。

そういえばさっき路上でベトナムの国旗やハチマキを売ってたけど、このことだったのか。
てっきり新年を祝う飾りだと思ってハチマキを買っていた。
出番とばかりにハチマキをした途端、歓喜に沸くベトナム人に囲まれハイタッチの嵐。
しばらく連中と騒いでいると、「お前はバイクは持ってないのか?」と言う。
最初は何を意味しているのか解らなかったので
「今日自分で運転はしたよ」と適当に答えていた。


それから1時間後。やっとその真意がわかった。
さっき路上で売っていた赤い国旗をつけたバイク連中が
サッカーで勝った嬉しさのあまり街に繰り出してきた。
そうした連中が通るたびに沿道では歓声が上がる。

中には鍋の蓋を棒でたたいて打ち鳴らしながら走る者も出てきて
例の赤い国旗を振りかざす連中もみるみるうちに増えていく。
そう、この十数年に一度という日を祝おうと、
バイクに乗って街の中心をパレードしようってわけだ。

気がつけば、ロータリーは赤の軍団で埋め尽くされ、
皆国旗を振りかざし、フライパンや鍋蓋を打ち鳴らして喜びを全身で表現する。
バイクの上に立ち上がって踊りだすもの、電話ボックスに上る者。
しまいには、このお祭り騒ぎで立ち往生した一般の自動車やタクシーにも上り
運転手を困らせている連中もいる。
しまいにはロータリーの真ん中の銅像に若者が上り、旗を掲げてボルテージは最高潮に。
「ベトナム、勝利!ベトナム、勝利!」の掛け声が街を埋め尽くす。
俺もロータリーの中心でベトナム人にもみくちゃにされながらこの状況を楽しむ。
連中から鍋蓋を借りて一緒に打ち鳴らしたり、旗を振ったりした。
そして一緒に合唱した。
ここまでくるともはや国籍なんて関係ない。

この様子を写真にも撮っていたのだが、フラッシュを焚いて撮ると画面が白くぼやけてしまう。
そう、あまりのバイクの多さに、排気ガスが充満しているのだ。

とにもかくにも、この派手なお祭り騒ぎに偶然にも居合わせることができてラッキーだった。
結局、朝の4時過ぎまでこの騒ぎは続いた。

後の報道で知った(帰国してからのmixiニュースですが)のだが、
この騒ぎでホーチミンでは4人が死亡、200人近くが負傷して病院に運ばれたとの事。
初日からやらかしてくれるぜ・・・ベトナム。

明日からはどんな刺激が待っていることやら。

2008/12/27(土) ベトナム放浪旅 その1
非常に長い正月休みということで、ベトナムへ一人で放浪旅に行ってきました。

一人旅を結構やっているけど、なにげに海外一人旅は初めてなのです。

今回は放浪ということで、格安チケットだけ確保して、あとは行き当たりばったりの旅。

とはいえさすがに宿が不安だったので、安宿を予約してました。

夜中11時、ホーチミン着。

噂には聞いていたが、さっそくタクシーの運転手には80ドル請求される。

いやー、ありえない。8ドルだけ払って出てきた。

ようやく安宿に着くも、予想通りの展開というか何というか・・・

まぁ最初からアテにはしてなかったけど、やっぱり予約されておらず・・・

無事に代わりの宿を探してもらって事なきを得たものの。

明日からのベトナム生活、さっそく不安だらけです・・・。

2008/12/20(土) クリスマスパーティー?
自由が丘のゆーみの家で、中学の仲間たちとクリスマスパーティーしました。

クリスマスパーティーと銘打ったものの

プレゼント交換以外は何ひとつとしてクリスマスらしいものがない。

テーブルの上には漬物とドアラ(中日の)。

まぁこのぐだぐだ感がたまらなくイイんですが。

夜中も、自由が丘とは思えない気の抜けた格好で

みんなでコンビニに買い出しに行ったり…。


自由が丘とは思えない、といえば、一次会が「一休」だったことですかね。

東京近辺に在住の人ならご存知かと思いますが、

和民とか白木屋とかのいわゆる「赤看板系」の

もうワンランク下の「格安大衆居酒屋」と言えばわかりやすいかな。

お金のない上京したての学生時代、

誰しもが一度は通る道ですわ。

だがしかし、社会人のクリスマスパーティーの日に、

しかも場所はオシャレな店がひしめく自由が丘で、

なぜピンポイントでこのチョイスなのか…。

ある意味奇跡です(笑)

予約してくれたゆーみ、ありがとう…!

名古屋と違って、東京は怖い街なのよ♪

2008/12/14(日) お好み焼き
雨だったので、ゼミ連中と我が家でぐだぐだしながら

お好み焼きを焼きました。

関東圏出身ゆえ、あまりこのテの「粉もん」は食べないけど

たまに食うと妙にうまいもんですな。

B級グルメ万々歳です。

2008/12/11(木) ジャスコッピ
小学生の頃、鬼を決めたりチームを分けたりする時に何て言ってました??
俺が小学生時代を過ごした横浜市旭区(つまり今住んでいる場所)では

「15の鬼決めジャスコッピ♪」
「陣玉まとめてジャスコッピ♪」
「ブタゴロシ♪」
「ウラオモテ♪」
「ウラオモ天丼、ケツの穴♪」
「とーりっぺ♪」
「ぐっとっぱ♪」

・・・などなど、それはそれは色々な種類があったのだが、

あーいうのって、誰が考えてどうやって広まっていくんだろう?

地域、学校によって全く違うものもあれば

全然遠い地方に似たものが存在している場合もある。

しかも意外と歴史が長く、昭和30年代から存在するものもある。

子供時代、それをいつ誰に教わったかなんて覚えてないが、

気付かぬうちにそれらを脈々と受け継ぎ、

時にはアレンジを加える子供の文化は非常に興味深いものがある。

今でこそネットが発達したから、距離や情報量の制約はなくなったものの

当日は口伝えでそれらが伝播していたわけだから、すごい。



ちなみにこんなのもあったなぁ。

「ソーダ村の ソーダさんが ソーダ飲んで 死んだそうだ
葬式饅頭でっかいそーだ♪」


「サル、ゴリラチンパンジー♪(ボギー大佐の替え歌)」


「ぶるんぶるんぶるん はらちりがらとぶる♪(ぶんぶんぶんの替え歌)」


「どれにしようかな 天の神様の言う通り なのなのな
鉄砲打ってバンバンバン もうひとつおまけにバンバンバン♪」


「まるべんじょ♪」



…などなど挙げればきりがないけれど、

こーいう明らかに口伝えで伝わっていった言葉遊びが

どうやって広まっていったかに非常に興味があるのです。

他に、どんなのがあったっけ??連絡求む。

2008/12/09(火) 風呂の鏡にワイパー
「風呂の鏡にワイパー」
http://noticiasactuales.blog84.fc2.com/blog-entry-453.html


まったく世の中には似たようなコトを考えるヤツがいるもんだ。

うちに遊びに来たことがある人はわかると思うけど、

我が家の鏡にも当然のごとくワイパーがついている。

大学1年の時から4回引っ越しを重ねているが、

どの家にもワイパー付けてた。これ、意外と便利なのよ。

湯気で曇ったときに活躍するのはもちろん、

毎日拭く習慣をつけておくと鏡に湯垢や石けんカスもつかないので

常にきれいな状態を保てるのだ。


ちなみにワイパーについての研究(?)を始めたのは小学5年の頃。

なぜあの動きが可能なのか、というところから始まり、

モーターの回転を左右の運動に変換する装置をひたすら考えた。

これだ!!と、やっとの思いで装置を開発したのだが、

中学に入ったらあっけなくそれが「てこクランク機構」という

ごく一般的な仕組みであることがわかってしまった。

しかし興味は尽きず、どうしたら曲面をきれいに拭くことができるか、

どういう形でどういう動きをしたら効率的に拭くことができるか、を

その後も延々と考えていた。


それが我が家の風呂のワイパーとなっていまここにあるわけ。

まだ手動なので、いつか電動にしたいんだけど・・・。

いつになることやら。

2008/12/06(土) 徹夜談義
同居人の猿と、ぐだぐだとしゃべっていたら
いつの間にか夜が空けてしまったよ。

たまにゃこういうのんびりした日もいいもんだ。


さて、年賀状作ろっと。

2008/12/04(木) 死ぬかと思った…
師走というだけあって、仕事がにわかに忙しい。

昨日も結局家に帰れずで、疲れもピークに達しつつある夜の9時。

俺の部署のフロアは15階なので、いつものように

エレベーターの15階のボタンを押して1階から乗ったわけです。

今日こそは帰りたいなー、と思いつつ、

ぼんやりと階数表示を眺めてたら…



…ガタン!という音とともに、緊急停止!

階数表示も消えてしまった。

と、その途端に、上に行ったり下に行ったり

小刻みに不規則な動きをし出すエレベーター。

しかも、扉が1センチくらい開いて

隙間から上に行ったり下に行ったりしてる様子が見えるし!

そして「呼び出しボタンで係員を呼んで下さい」という

白々しい録音アナウンス。

必死で係員を呼んだら「どうかしましたか?」と脳天気な声。

さんざん異常を伝えるも、「正常に動いているようですが…」という

なんとも心許ない返事。

その表示自体が故障してるんじゃないの!?

その後もしばらく行ったり来たりを繰り返し、

何故か12階で止まったエレベーター。扉が無事開き、ようやく開放…。

死ぬかと思った…。

大学の時も永山のボウリング場で似たような事があったけど

あの時は満員の状況だった。

それに比べて今日は一人きり。

心細いのなんのって…。


嫌な汗をかいて、真っ青な顔して15階にたどり着いた俺を見て

派遣さんが一言。「ふ〜ん、大変だったね〜。こわいねー☆」


…いや、ホントに死にそうだったんだってば…。

この必死さが伝わらないのが非常に悔しいです…。


みなさんもエレベーターには気をつけてください。


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