ホームページ最新月全表示|携帯へURLを送る(i-modevodafoneEZweb

2006年1月
前の月 次の月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
最新の絵日記ダイジェスト
2010/06/26 江本結婚式
2010/06/25 W杯デンマーク戦
2010/06/19 W杯オランダ戦
2010/06/12 多摩川BBQ
2010/05/29 東京たてもの園

直接移動: 20106 5 4 3 2 1 月  200912 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200812 11 10 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200712 11 10 9 8 7 6 5 4 2 1 月  200612 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200512 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200412 11 10 9 8 7 6 5 4 1 月 

2006/01/11(水) 授業
久し振りに海外ゼミがあった。
よく考えてみると、これが人生で最後の授業なのねー。
小学校1年生のあの時から、浪人時代も含めて19年間付き合ってきた「授業」。

小学校時代は、図工が好きでした。
2時間連続だし、長い時間をたっぷり使って好きな物が作れるからね。
あと、理科も好きでした。
実験は、わくわくしたなぁ。解剖実験も、どきどきだったけど
進んでメスを握りしめていました。
体育は嫌いでした。当時は運動できなかったんで。
音楽も、歌も楽器演奏が苦手だったので基本的に嫌いだったけど、
学芸会のクラス合奏の、木琴に大抜擢された時は、
休み時間も放課後も必死になって練習して、しっかりマスターしました。
まぁ当時好きだった子が音楽が好きで、毎日のように俺の練習に付き合ってくれて、
ずっと一緒にいられるから、という下心もあったのだけど。
あと、道徳と学活はラクなので好きでした。

中学に入ってからも、美術は相変わらず好きでした。
国語はまったりしたムードなので好きじゃなかったけど、
いっつも教科書に落書きをしていて、一人で笑っていた。
終戦直後の墨塗り教科書のごとく、本文を真っ黒に塗りつぶして、
さんざんストーリーを勝手に変えて遊んでいた。
英語の教科書も、表紙を切り刻んで遊んでいたのでぼろぼろだった。
中2の数学のとき、あまりにも私語の多い俺らの態度に先生がキレた。
発狂して叫び出し、机や椅子を持ち上げて投げまくった。そして、蹴りまくった。
5時間目だったので、給食のゴミが段ボールに入って残っていた。
運の悪いことに、中身は納豆の容器。
それも投げてぶちまけたため、教室中が納豆臭くなった。
飛んできた椅子で生徒がケガしたので、
その先生はしばらく教壇から下ろされてしまった。
中1の時の体育も、体罰が厳しすぎたので、あんまり好きじゃなかったな。
ハチマキ忘れただけで腕立てをさんざんやらされるし、
しゃべってると思いっきり蹴られるし。
他にも暴力沙汰はいっぱいあったし、とにかく荒れた中学校だったなぁ。
まぁそれはそれで面白かったけど。
俺はいつも見ている側で直接被害は受けてないからね〜。

高校に入ってからは、授業は「寝るもの」だった。
毎朝8kmもチャリをこいで来るので疲れるし、授業はわかんないしで、
とにかく寝てばかりだった。
ノートも、好きな授業以外はまったくとってなかったなぁ・・。
小テストも縮小コピーでカンニング、という、とんでもない悪童だ。
それでも、授業中に弁当だけは食わなかった。
教科書を壁にして、こそこそと先生の目を盗んで弁当を食った友達は、
平手打ちされて正座させられて、さんざんな目に遭っていた。
高校でも好きな授業はあった。
美術は相変わらず好き。美大への進学という選択肢も与えられたが、
美術の先生のスカウトも断って、なぜか理系に進んでしまった。
理系に進んだがゆえに、歴史ではなく地理を選択することになってしまったのだが、
これが大正解。得意中の得意の分野になり、
模試で県内で5本の指に入ることもあった。
まぁ他の教科はビリのほうだったけど。

横浜で浪人してからは心を入れ替えた(つもり)。
通学に使っていた新幹線の時間の都合で、教室はいつも一番乗り。
必ず前のほうの席を陣取って、熱心に授業を聞いた。
まぁ前の席じゃないと字が見えない、ってのが一番の理由なんだけど・・。
目の前で繰り広げられる現国と英文法の授業には感動した。
みるみるうちに、得意になっていくのがわかった。
地理の授業は、勝手に、もう教えてもらうことは何もない、などと
思っていたので、ほとんど聞いていなかった。
ひたすら地図帳を見て、暇をつぶしていた。
それか、一人オカマちゃんがいたので、その子ばっかり見ていた。

大学に入ってからも、授業は真面目に出席してた。
土曜の5限だろうが、滅多にさぼらなかった。
授業に出てないくせに、テスト直前にノートのコピーを
頼んで来るちゃっかりした奴は、正直好きじゃなかった。
まぁそんなキレイゴトも、2年、3年になるにつれて
だんだん言えなくなっていったんだけれども、
この頃から、授業は自分で選ぶ、という姿勢が身に付いた。
面白くない授業は出ない。その代わり、
面白い思った授業にはどんどん参加する。そして思いっきり楽しむ。
授業は「受ける」だけのものではない、と思った。
ゼミなんてのは、まさにその集大成だったんだと思う。
ゼミや海外ゼミで経験したこと、得たことは、もはや授業の枠を越えていた。

19年間の「授業」が、こうした素晴らしい形で終わることを嬉しく思う。
学問は楽しい!ということ。それが19年間の授業が教えてくれたこと、かな。


 Copyright ©2003 FC2 Inc. All Rights Reserved.