まさみ じゅん
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2007/02/23(金) なべ子さんまるちゃんにあえた
 結局眠れないまま朝を向かえ、雨が降っていたので9時半には車で送っていった。
これは、眠れないのでテレビを見ていた。雨が降っていたので、天気予報をたびたび見た。
昼間大荒れになるが夕方6時には晴れる、という天気予報が夕方大荒れになり、朝には夜大荒れという予報になったから送っていった。

 帰宅してパソコンの前に座っても、天気が気になりメールの返事を出しながらも、交通は何を使おうか、など調べる。荻窪なら大泉学園や石神井公園まで行けば、バスがある。西武新宿線を利用すれば、下井草や井荻、そこからバス。小金井街道まで出て、バスで武蔵小金井まで出るという方法もある。

など、考えているうち時間なんてあっという間に過ぎて、4時になり、外を見ると薄日がさしてきている。これならいつもどおりひばり団地まで自転車で行き、三鷹駅までバス、そこから電車で行くのが、なれていて良い。と今まで悩んでいたのが無駄となる。

7時半荻窪駅南口待ち合わせ、いつも約束30分前に行くのが、癖、6時にはついてしまう。

マッドハウスへ来たことが無いので、先に、マッドハウスまで歩いて見る。正面はすでにしまっていて、ビルからの人たちは、横のドアから帰っていく。戻って7時前、改札口からでてくる人から目立つ場所に立って、なべ子さんが出てくるのを待つ。時々地上の出口もチェックする。7時半再度地上を見に行こうと思ったところへ、携帯がなり、なべ子さんは地上の出津地で待っていた。すれ違ってしまったのであった。

ライターのイタリア人の人と一緒に来ることを伝えられていたので、あいさつ、Buona sera や はじめまして、Piacere di conoscerLa. 自己紹介 Mi chiamo やSono しもやん、など必死に覚えておいたが、会ったとたんそんなもの一言も出なかった。

丸山さんについたむね、連絡するとそのまま、マッドハウス方面へ歩いてきて、途中で会おうということになり、線路沿いの道を歩いていく。
 向こうから人影が現れひょうきんに体を降って両手を広げ、丸山さんが駆け寄ってきた。
こんなところも昔と変わらない、丸山さんの気使い、すぐに大昔の青春時代へ戻ることができた。
是風という、丸山さんのお店に案内された。そこには、今日の表彰式へ一緒した身内の方々が居た。そして、表彰式を私たちに会ってくれるため途中で抜け出したことがわかった。

 今回は出来るだけなべ子さんと丸山さんの会話を優先すべきで、おしゃべりな私には少し辛かった。しかしやっぱり丸山さんに聞いてしまった。それは私が入院したとき、浦和の病院へすぐにお見舞いに来てくれた。しかし当時の丸ちゃんは、いつも下駄履き、そして機械音痴、その上自転車さえ乗れなかったのであった。それを知っていたので、どのような方法で来てくれたのか疑問であったのだ。やはり友人の熊五郎さんに車で連れてきてもらっていたのだが、熊五郎さんのことは思い出から消え、(申し訳ない)丸タンのことが深く刻まれて気になっていた。虫プロ時代からそうであったが、特にあしたのジョーのときなど、裏方に徹して、ジョー班を助けていた彼の姿を目の当たりに見ていたものとして、変わらぬ、彼の姿に感激した。

なべ子さんも全く変わらす、恋人でもないのに、私が連れまわしたことなど、気にかけていないようで(忘れたのだと思う)安心した。やはりなべ子さんは、同期の同士、そして、手塚派の人であった。

名残が惜しかったが、明日研究会がある。嬉しくてそっちの準備を全くしていない。最終のバスの時間も迫っている。

私がそろそろお暇を、を切っ掛けに、なべ子さんも、帰る事になり、丸山さんは外まで見送ってくれた。

三鷹まで電車、 なべ子さんと一緒のライター Giovanni Masi さんに、ここで使わなければと 今日はありがとうのつもりで、「グラシアス」 おっとこれじゃスペイン語 Grazie といわなければ、気劣りなおして、「アディオス」 arrivederci でしょうに、最後まで恥をかいた、私でした。


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