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2008/08/09(土)
『#52 ASIA 〜 パキスタン』
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『優しい人』 8/6 ギルギット
「よし、行くぞ!」 たかが1週間弱のフンザ滞在で今まで張り詰めていたものが一気に緩んでしまった気がする。 フンザから3時間南の「ギルギット」へ、これだけの移動でやけに気合が入る。 「よし、来たぞ!」 軽トラックを改造した乗り合いトラック「SUZUKI」がやってくると、重い荷物を荷台に放り投げ、僕はフンザを後にした。
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「パキスタン」といえば常に危険なイメージが伴う。 どうやらそれは当たっているし外れているようだった。 情勢は各地でテロ爆破があるくらいだからいいとはいえないだろうけど、とにかく人が良い。 パキスタンはとにかく人が良い。 うざったくなるくらい人が良い。 「かつて、インドとパキスタンは一つの国だった」 本当かよ? 疑いたくなるほど人がいい。
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「…あ」 ギルギットに着くと、懐かしい匂いがした。 小便と糞と果物と野菜のすえた匂い。 野良犬が眠り、野良鶏が走り、野良牛がゴミをついばんでいる。 僕はこの匂いが嫌いじゃない。 イメージで言えば古ぼけた茶色い匂い。 真新しい、というものが何一つない。
アジア色の濃くなっていく町を歩いていると、やがて僕は町外れに目的のバス会社を見つけた。 「Do you have a bus to matuthuji on dayaftertomorrow ?] そう聞くと、カウンターの兄さんは笑顔のまま僕を見続けた。 「………」 「………」 しばらく僕たちは無言で笑顔を見合わせる。 「…あ」 どうやらこの人は英語が通じないようだった。 しばらくの間手こずっていると、隣の店のおじさんがウルドゥー語で何かを言い、すぐに去っていく。 そして兄さんは僕の言いたいことを理解している。 「…あ、ありがとう!」 どうやらおじさんはさりげなく手を貸してくれたようだった。 おじさんは後ろ手を振り店に戻っていった。 やがてチケットが手に入ると、彼は再び声をかけてきた。 「チャイでも飲んでくかい?」 おじさんの笑顔からはニコニコと音がする。 笑顔で近づいてくる者は信用するな。 多少の警戒心は持ちつつ、それでも僕は彼の後をついて行っていた。 「名前は何ていうんだい?」 「タカシです、おじさんは?」 「イサークです」 古ぼけた店内には岩塩や調味料がゴロゴロと転がり、錆び付いた天秤と重石がレジの前に並んでいる。 僕たちは番台の椅子に腰掛けチャイを飲んでいる。 とそれを珍しそうに道行く人が覗いていく。 僕は看板息子よろしく来た客に愛想を振りまいていく。 主のイサークおじさんは客もほったらかして見知らぬ日本人に話し掛け続けている。 「日本から来たのかい?」 「そうだよ」 「どの町だい?」 「東京だよ」 「パキスタンはどうだい?」 「すごくみんな優しいから好きだよ」 「それはいい。日本はパキスタンと兄弟だからね」 「へー」 「さチャイをもういっぱい飲みな」 「ありがとう」 日本とパキスタンが兄弟だなんてそんな話聞いたこともないが、そう言っては無償の親切をしてくれる人がパキスタンにはたくさんいた。 この頃にもなると、警戒心はすっかり消えている。 その代わり、無償の親切に対してなにかお礼をしたくなる。 僕はゴロゴロと転がる岩塩を見つめる。 「そういえば塩が切れ掛かってるな…」 いや岩塩を買って帰るわけにはいかない、何かもっと手頃なもの。 と店内を見渡していると番台の上に埃の被ったお香を見つけた。 それを払い、匂いを嗅ぐと「これは良い匂いだ」と僕は大袈裟に言う。 恩着せがましくならないようそれから心底欲しそうな振りをし、おじさんに聞いた。 「これはいくら?」 「15ルピー(22円)だよ」 ちょうど手頃な値段だ。 「じゃあこれ、一つ下さい」 財布に手を伸ばすと、イサークおじさんはそれを制し、またニコニコ笑いながら言った。 「お金はいいよ、これはプレゼントだ」 チャイまでご馳走になってそれは出来ない。 「いや、それはダメだ、これは払わせて下さい」 しばらく押し問答したあと、無理やり100ルピーを渡すと、おじさんはそしらぬ顔で釣りを返してきた。 90ルピー。 「いや、おじさん5ルピー多いって」 「5ルピーはサービスだ」 「…ありがとう!」 「パキスタンへようこそ」
本当。 本当、パキスタン人は人がいい。 「ボーイ、良い旅をするんだよ」 「ありがとう、27だけど」 ところで、僕は相変わらず海外で少年に見られる。 こういう時、本当の歳を言わないのも優しさなのかもしれない。
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