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2008/08/15(金)
『#58 ASIA 〜 パキスタン』
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『神聖と穢れ』 8/12 ルンブール谷
賑やかな子供たちの声で目が覚めた。 僕はガシガシと頭を掻いて煙草をふかす。 そういえば髪伸びたな。 もともと髪の量がものすごく多い僕の頭は両サイドがボワンとふくらみ、今じゃヘルメットみたいになっている。 あと目にかかる前髪が邪魔だ。 「…ふぁ」 寝起きなのにまた眠い。 もう一眠りしよう。 どうしよう。 「…うん」 そのまま僕は何するでもなくぼけっとバルコニーに座り続け、短い雨をやり過ごし、それから川を上ることにした。 川を少し上流に進むと「サジゴール」という神殿がある。 そう聞いていた。 それを見に行こうか。 「サジゴール?サジゴール?」 村人がなんとなく指差す方向へ僕は進んでいく。 サジゴール。 響きもさることながら、カラーシャの神殿っていうのに僕はものすごく魅かれる。 この神殿に女性は入れない。 理由は「穢れる」から。 そういえばこの一族の女性たちはこの谷で体を洗うことが許されていない。 やっぱり大地が「穢れる」からだそうだ。 だからカラーシャの女たちは体を洗いたくなったら、わざわざ谷を降りるそうだ。 チベットの方でもこういう話は聴いたことがあった。 ただチベットでは「穢れ」の逆で、女は垢が溜まれば溜まるほど「美人の証」と考えられている。 垢の量が「福」の量なんだそうだ。 だから男は「お、こいつ垢だらけで黒光りして美人さんだなー」と嫁を選ぶらしい。 一昔前に日本で流行った「汚ギャル」ってやつはチベットに行けばモテる。 信じられないが、そういうもんらしい。 んん、世界は広い。 で、話は戻る。 この神殿「サジゴール」に女は入れない。 たとえそれが旅行者であろうと間違って入ろうものなら、谷中あげての大騒動となり、谷中を清めなければならないらしい。 僕は運良く男だった。 これはラッキー、中に入れる。 「…どんな神殿が広がってんだ」 トウモロコシ畑を掻き分け、虫を払いながら僕は進んでいく。 で、途中道に迷う。 迷うというか、道がなくなった。 明らかに道ではない崖が先には広がっている。 村人たちに教えられた通り進んだつもりだったが、道がなくなっていた。 「諦めて帰るか…」 そこへちょうど薪を担いだおじさんが通りかかった。 いつものように「サジゴール?サジゴール?」と尋ねると、おじさんはすぐそこを指差した。 「…あ、ありがとうございます」 とお礼は言ってみたものの内心「これだけ?」とびっくりしていた。 イスラム世界の異端者たちの大事な神殿がこれだけ。 崩れた石垣に一本の大木、以上。 大木といった所でこのあたりにゃ大木がごろごろ生えている。 この樹は何も特別神木に崇められる様な樹じゃあない。 それはものすごく質素で味気ない神殿だった。 僕が思わず素通りしてしまったくらいに味気ない。 風化しきった感じだけが、貫禄を感じさせる。 それを観た時の感想ってのは「…さて、帰ろうか」、そんなもんである。 そう思ったとき、とある本のとある一説を思い出した。 「神聖、神聖と謡って金を集めてどこが神聖だ。神聖、神ってのは観光地じゃないんだ」 文書はうつろだが、すごく納得したのは覚えてる。 本来「聖域」ってのは人が集まったり、観光するための場所じゃない。 「神」が宿る場所なんで。 そして神は安らかな場所にのみ宿る。 川にでも樹にでも石ころにでもなんにでも神は宿る。 「万物に神は宿る」 僕はこの考え方が結構気に入っている。 カラーシャ谷に聖域はたくさんある。
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