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2008/07/21(月)
『#35 ASIA 〜 タジキスタン』
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『二つのタジクともう一つの国』 7/21ホールーグ
「ロシア語は喋れますか?装備はちゃんとしていますか?体調はいいですか?いいですか、これだけは忘れないでください。どんなに旅慣れていてもバタフジャーン自治区を中央アジアだと思わないでください。バタフジャーンに入ったらこちら日本大使館としても一切支援、援助は出来ないものだと思って下さい。一応一言だけ、“行くな”。それでは気をつけて行ってきてください」 ガチャンと電話は切られる。 日本大使館にタジキスタンの情報をもらおうと電話をすると、こんなコメントを頂いた。 やがて友昭君と僕を乗せたジープは発進する。
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タジキスタンは二つの国に分かれている。 西のタジクと東の山岳バタフジャーン自治区。 この二つ、VISA、国名は一つでも外国人登録、パーミット(入境許可証)は違う。 時計の針を一時間前へ。 これがバタフジャーンのローカルタイム。 流れる時間も違ってる。 「おお、山岳氷河だー!」 バタフジャーン自治区に一歩踏み入れれば、そこから8000m級の山々に見下ろされた「パミールハイウェイ」が始まる。 いつぞや習った世界の屋根、「パミール高原」とはここのことなんで。
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まずはタジキスタンの首都「ドゥシャンベ」から、バタフジャーン自治区の西の玄関口「ホールーグ」へ。 ジープはパミールハイウェイを目指して突き進んだ。 始めのうちは舗装された道が続いていた。 「・・・なんだ、大した事ない道じゃん」 余計に緊張した分、すぐに眠気が襲ってくる。
「・・・・・・・・・え」
やがて目を覚ますと、僕たちは荒い山に取り囲まれていた。 ジープは崖を削り取った荒い道に乗り上げている。 下を見下ろせば荒い川、上を見上げれば高い山、腕を見れば鳥肌が立っている。 山に弄ばれて、ジープは岩や陥没を避けながら走り、その度に僕らの体は大きく揺さ振られる。 道幅は狭い。 ところによっては車が2台交差すれば、どちらかは崖の下に行くことになる。 「ちょ、すごい道ですね」 隣でぽんぽん跳ねている友昭君に話し掛けると、当然「・・・すごいですね」と返ってきた。 「本当に峠を攻めてる、って感じだね」 「確かに!」 いや攻めてるのはドライバーだけで僕たちはヒャーヒャーと守り続けるだけだが。 「川、すご、色・・・」 赤。 荒れ狂った急流の河は赤かった。 赤い山の赤い泥が溶けて赤い水が流れて赤い河が流れてる。 どす黒い血のような赤色だった。 突然標高はガンと下がる。 丸みを帯びた石が河原に広がり、なんでかそのいくつかが誰かによって数段積まれてる。 そこに例の赤い河が流れ、「まるで三途の川みたいだ」とイメージさせる。 「綺麗だねー」 でも意外にその絵は綺麗だった。 そこで標高はガンと上がる。 山の断崖からまた山を見下ろす。 いつしか僕たちは無言になって、パミール高原を眺めていた。 やがて山の中に一つの大きなゲートが現れた。 そこには「バタフジャーン」の文字が描かれていた。 「そっか、やっとこっからがパミールハイウェイ本番なのか・・・」 迷彩服に機関銃をもった男たちにパスポートを見せると、僕たちはパミールハイウェイへと入っていった。 打ち捨てられた戦車が狭い山道に放られている。 土埃を被った姿は、この土地の内戦を何も知らない僕たちに衝撃を与える。 やがてジープは停まる。 何事かと外に出ると、道は一つの看板によって封鎖されていた。 そこに中国語で書かれていた文字を読む。 「前方爆破禁止通行・・・え!」 「落石っすか!」 「すごいっすねー!」 能天気に車に戻ろうとすると、ボンと音がした。 後ろを振り返ると、崖の斜面で土煙が上がっている。 「前方爆破だ…」 それを見て感じるのは「緊張」というよりも爆発というものを知らない僕には「興奮」だった。
空も山も群青に染まり始めた頃、(高い山に遮られて、ここに夕陽はなかった)ドライバーが河の向こうを指差して、僕たちに叫んだ。 「アフガニスタン!」 僕たちはその先をしばらく眺め続ける。 ここから何時間もアフガンとの国境すれすれを走っていく。 さっきまでの山と今の山に違いはない。 それでも「アフガンの山」というだけで何も知らない僕には鈍い思いが走る。 「…アフガンねぇ」 二人、意味なく呟いて、また無言になる。 何も知らない僕は何も知らないまま河の向こうを眺め続けた。 それなりの想いとそれなりの正論を何度か反芻する。 辺りが闇になった頃、冷たい雨が降り始めた。 「どーせ明日にゃ忘れてんだろうなぁ、こういう気持ちは」 雨に打たれながら、僕は野糞をたらす。
深夜2時、僕たちは「ホールーグ」に着いた。
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