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2008/05/22(木)
『エタノールの匂い』
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エタノールの匂い。 みんなには嫌な匂い、 医者には「仕事」の匂い、 当たり屋には「金」の匂い、 僕には「助かった」の匂い。
病院の匂いを嗅ぐと、僕はいつも「助かった」と思う。 体調がすこぶる良くても、怪我してなくてもいつも「助かった」と思う。 ただ見舞いにいっただけでも「助かった」と思う。 僕はたまに、用もないのに大病院の待合室のソファに腰掛けている。 心底落ち着くんで。 これはもう刷り込まれた感情かもしれない。 とにかく僕の小学時代の思い出は病院ばかりで。
とかなんとか。 今日、先輩のお見舞いに行って来たんで。
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午後4時。午後5時。午後6時半。 三度に渡って、とある先輩の病室を訪れた。 「あの人、手術するらしいんだよ」 人づてに聞いたその入院はシャイな先輩にとって僕なんかが行ってどんなもんかとも思ったが、 まあ細かいことはいい。 来ないよりは来てくれた方が嬉しいに決まってる。
午後4時。 まだ空が明るいうちは、病院内の空気も明るい。 お年寄りたちが楽しそうに話している。
僕が到着した時も病院内はまだ明るかった。 が、まだ病室に先輩の姿はなかった。 「まだ手術中ですか?」 ナースステーションにいき、看護婦さんに尋ねる。 「そうですね」 「何時頃に戻ります?」 「んん、もう終わってるはずなんで5時には確実に戻ってると思いますよ」 そして5時、まだ病室に先輩はいなかった。 しょうがない。 差し入れの漫画10冊を枕元に置くと、僕は病院を出た。 そして6時半。 辺りは暗く、外来患者もいなくなり、病院内の雰囲気も変わっていた。 ひどく寂しい雰囲気。 幼少時代の感覚が込み上げてくる。 そうそう、この時間帯はどんどん寂しくなってくるんで。 夜が来るのが嫌だったのを思い出す。
病室を訪れると先輩は眠っていた。 顔を覗き込むとひどく疲れていた。 寝息は透明なマスクに白い靄をつくっていた。 なにやらよく分からない管数本が先輩の布団につながっていた。 思っていたよりも症状は重いようだった。 なんだかショックだった。 置手紙を書くと、部屋を出る。 とその時「中村?」と先輩が目を覚ました。 「あ、すいません。起こしちゃいました?」 「大丈夫だよ」 先輩の声はひどく小さかった。 「麻酔まだきいててさ」 珍しく無精ひげが伸びていた。 「昨日から入院してんだけど、1時間で飽きちゃったよ」 日頃からシャイな先輩は照れ臭そうに現状を話した。 どうやらまだ体は起こせないようだった。 術後すぐ、ということで僕は早々に退散した。 「じゃ、俺、帰りますね」 先輩は手を差し伸べてきた。 きつく握手。 「ありがとな。本当嬉しいわ」
大人も子供も変わらない。 入院中ってのはどうにもナーバスになっちまう。 でも僕は病院が大好きだ。 賑やかな奴らでも連れて、また顔を出そう。
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