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2008/04/14(月)
『ありがとう浅見荘101号』
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目が覚めると同時に枕元に置いてある携帯を手に取った。
「・・あの、もしもし、中村です・・・あの、実はですね・・・」
僕の場合、大切な用件と面倒臭い用件ってのは大抵寝起きに伝える。 そして大切な用件ってのはいつだって面倒臭い用件で。 「・・はい・・はい・・・そうなんですよ、すいません」 寝惚けてるうちに引っ込みのつかない所に無理矢理立たせ、嫌々事を運ばせる。
今日、家を解約した。
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四畳半風呂なしトイレ共同。 これが僕の家、浅見荘101号。 今では「浅見荘」って名前もこじゃれた横文字の「うんちゃらハイツ」に変わったけど、 中も外も何も変わらず昭和の雰囲気をぷんぷんと醸し出している。 ここに越してきたのは6年前。 そう。僕が芝居に携わった年。 「金がない!」 って理由もあったけど、本当はただの勘違いで越してきたんで。 その頃バイトばかりしていた当時の僕はある程度潤っていたけど、芝居ってのを勘違いしていた。 「だって俺さ、芝居始めるんだからあれだべ?四畳半風呂なしトイレ共同に住まなきゃなんないんだべ」 そう思っていた。 夏と冬に怯え続ける、それが芝居人。 そう思っていた。 でももちろんそれは大きな勘違いで。 日本にはもう忍者はいないし、侍もいない。 芝居をやってる人も忍者も侍もみんな普通の家に住んでいる。 でもまあ勘違いしちゃう人ってのは何も僕だけに限らずで、 201号のどっかの研修生は朝昼夜、毎日大声で外郎売とアメージンググレースを歌い続けている。 でも「住めば都」とは本当のことで、気がつけば僕はもう6年ここに住んでいる。 「半年以上日本を離れるんだ。それはさすがにもったいないだろ。・・・解約、しよう」 そう決めた。 でもなかなか大家に電話する気にはなれない。 なんでだろう。 時間が過ぎれば過ぎるほど、大切なことは面倒臭いことに変わってく。 でも、大家には電話出来ない。 理由は。 理由は、なんか寂しいからか。 なんか寂しい。 ここは家賃が安く、余った金を自分の好きなことに使えるという利点がある。 でもそれだけが理由じゃない。 なんか、寂しいんで。 帰国した僕はちゃんとした普通の家を借り、今より不自由なく東京に住んでいる。 それがなんか寂しい。 居心地良いのは居心地悪い。 だから今朝、僕は特別に寝ぼけている隙を見計らって大家に電話した。
「ろ、6月いっぱいで、解約します!」
それから大家との別れを惜しみ、珍しく互いの身の上話をした。 「中村君、頑張んだよ!」 何故か最後には熱く励まされた。 ありがとう。 そして無事、解約の運びとなった。 すると寂しさは更に増す。 ここに住むのもあと2月弱か。 この家の全てが愛しくなってくる。 でも、僕は次に行くんだ。 よし、荷物でもまとめよう。
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が。 が、しかしすぐに僕のメール音が鳴った。 宛先は大家だった。 アドレス交換したからって、何も律儀に送ってくる事なんかないのに。 ありがとう。 大家への情が、そのままこの家の情に変わる。 もう泣きそうである。 で、メールの内容は。 「中村君、大家さんです。少し考えたんだけど、中村君が旅に出ている間の半年間さ、家賃1万円ってどう?」
・・・・どう?って。 あなた、どう?って。 俺、もう決めちゃったし。 そりゃ実家に荷物を預けたり、帰国してから新居を見つけたり、また敷金礼金払ったりする面倒は消えるけどさ、どう?って。
ってことで浅見荘での思い出はまだ続く。
でも居ると決めたら不思議なもんで、 この家はなんて安っちいんだと思い出す。 帰国したらまずはここから出て行く準備をしよう。
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