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2008/02/06(水)
『僕の四条・大徳寺。』
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京都にねえちゃんがいる。 同じ仙台で育った従兄弟のねえちゃんがいる。 ねえちゃんは時計を創っている。 昔、高校入学祝いに一つもらった。 今もよくつけるねえちゃんの時計。 つけた日には必ず言われる。 「それ、どこで買ったの!?いいなー!」
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ねえちゃんの家に遊びに行く前に、お気に入りの喫茶店でぼけっとしようと思っていた。 そこは一杯のコーヒーが出てくるのに1時間かかる。 100歳近いばあさんが一人で営む喫茶、「クンパルシータ」。 ねえちゃんに薦められて一度だけ行ったことがある。
ヘルス街の一角にあるクンパルシータは夕方に開く。 「まだばあちゃん来てないよ」 店の前でまごまごしていると、ピンクのハッピを着たキャッチのお兄さんが教えてくれた。 それから近くの喫茶店に入り、ばあさんの喫茶店が開くのを待った。 「兄ちゃん、ばあちゃん来たよ」 やがてキャッチのお兄さんが教えてくれる。 そこにいたのは偏屈そうな老婆。 もう年が分からないくらい年老いていた。 でもどこか凛としている。 ゆっくり鍵を取り出すと、厚い木の扉を開く。 店内は綺麗に掃除されているのに、埃っぽかった。 それでもどこか気品があるのはこのばあさんの持つ雰囲気かもしれない。
「アメリカンコーヒーをおねがいします」 メニューも開かずにそういうと、代わりにばあさんがメニューを開く。 「イングランドもありますがね」 「・・・いや、アメリカンコーヒーを」 「イングランドもありますがね」 「・・・いや・・・イングランドってなんですか?」 「ブレンドとアメリカンの中間だよ」 「じゃあ・・・イングランドをお願いします」 変なばあさんだった。
ばあさんはよくカウンターでほおづえをついていた。 かといってもサボっている訳じゃない。 ああでもしないと、もう体を支えられないようだった。 どうしてこんな年まで喫茶店を続けてるんだろう。
店内は時が止まってるようだった。 ここにはきっとばあさんの歴史が詰まってる。 ふとカウンターを見ると、ばあさんも止まっていた。 いや。 ゆっくり動いてる。
「灰皿いいですか?」 そう言うと、ばあさんはゆっくりゆっくり灰皿を取りに行く。 その遅さを見て、代わりに取りに行く。 と、怒られた。 「これは私の仕事でしょ!!」 その鋭さに驚く。 さっきまでのばあさんじゃないみたいだった。 意識の高い人なのだ。 あなたは客、私は店主。 ここはばあさんの城。 僕はただゆっくりと灰皿が届くのを待つ。
席についてから20分。 小説の世界にのめりこみ始めた頃、ばあさんがゆっくりゆっくり僕の席にやってくる。 「はい。」 コトンとグラスを置く。 ばあさんはまたゆっくりゆっくりカウンターに戻っていく。 「・・・・・・」 来店から20分後に届いたのは水だった。 どこまでもゆったりとした喫茶店。 やがて静かな店内にコポコポとうまそうな音が聞こえてくる。
席についてから1時間。 客は相変らず僕一人。 ばあさんはゆっくりゆっくりとご自慢のイングランドを持ってくる。
僕にとって京都はすごくゆっくりした町なんだ。
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5時頃に京都に行って、またあの喫茶店に行こう。 そう思っていたが、気がつくともう5時を回っていた。 大阪から京都まではなんだかんだで1時間、このままだと帰りのバスまであと4時間。 残された時間はそうない。 ましてやあの店じゃ珈琲が届いた頃に出なければならない。 しょうがない。 喫茶店は諦めて、ねえちゃんの店に直行することにした。 急いで大阪駅から東海道・山陽本線京都行きに乗り換えた。 40分後。 気がつくと三ノ宮を越え、神戸も越え、明石についていた。 逆じゃないか。 慌てて反対ホームに乗り換える。 やっと京都駅に着いたのは予定の3時間後の8時だった。 これじゃねえちゃんの店にいられるのは1時間もない。 しょうがない。 バスに飛び乗った。
僕にとって京都はすごく慌ただしい町なんだ。
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その一時間の中で、ねえちゃんから聞いた話はショックな出来事だった。
「そういえば崇、クンパルシータ、もうやってないらしいんだよ」 「・・え!?」 「おばあさんボケちゃったんだって」 「・・・ええ!?」
「HORN」に続き、またお気に入りの喫茶がなくなってしまった。
でもここは京都。 きっとまだまだ僕の知らない素敵な喫茶店が隠れているに違いない。
今年中に一軒は探し出してやろう。 そう決めた。
「↓ねえちゃんの時計」
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