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2008/01/31(木)
『第一次喫茶店戦争、勃発』
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「・・・また休みか」
看板が出ていないのを見ると、そのままその店を通り過ぎる。 これがここ最近の僕の日課。
物を考える時にはいつもここに来る。 いつ来ても静かな喫茶、「HORN」。 ここは昼頃になると常連のおばちゃんたちがいつもぎゃはぎゃはとやってくるが、 それ以外はいつも静かな店で。 3年ほど前まではおじいさんとおばあさんと大きな犬でやっている錆びれた喫茶店だった。 しかしおじいさんが亡くなってからはおばあさんが一人、大してうまくもないコーヒーをコポコポと淹れるますます錆びれた喫茶店になった。
「カレーとアイスコーヒーお願いします」 僕のお気に入り。
この町に住んで6年、だからここに通ってもう6年になる。 この町に越してきた頃、駅前は静かというか錆びれていた。 閑静な住宅街といえば聞こえはいいが、 たまに催される町内祭りなんかを見てるとよく分かる。 どうも今ひとつ活気がない。 商店街に活気がない。 でも僕はこの町が好きだった。 その一番の理由は錆びれ喫茶「HORN」があるから。
「今日も休みだ」
ここ1,2年でこの駅も様変わりした。 高架線路になった途端、マクドナルドが出来、タリーズコーヒーが出来た。と思ったらその隣にサンマルクカフェが出来、前々からあったドトールは潰れた。と思ったらタリーズも潰れ、変わってすき屋が出来、デニーズが出来た。 第一次喫茶店戦争。 今じゃ小さな駅に24時間ネオンが光ってる。
「・・・また今日も休みだ」
初めてこの店に来たとき、おばあさんに訊いてみた。 「定休日っていつなんですか?」 それに対しておばあさんは申し訳なさそうに答えた。 「ああ・・・えっとですね、わたしが休みたい時に・・・すいません」 「あんら、素敵じゃないですか」 そう言うと、おばあさんはふふふと笑う。 「お酒飲んだ次の日なんかはどうも・・・」 その笑顔はどうも幸薄そうで、僕は好きだった。
「・・・また今日も休みだ」
ここ数日シャッターが降り続けていた。 今までこんなに休みが続くことはなかった。 もしかしたらおばあさん、亡くなった。 でもだったら張り紙くらいされてるはずだ。 いつもは遠くから看板を確認するだけで素通りしていたが、 今日は店の前まで行ってみることにした。 「・・・・・・・・」 張り紙はなかった。 代わりに綺麗な看板が貼り付けられていた。 錆びれた建物に似つかわしくない綺麗な看板にはこう描かれていた。
「FOR RENT」 電気の消えた店内を覗いてみる。 荷がまとめられたこの店はますます静かだった。 「・・・あ」 何かいる。 薄暗い中、物陰でごそごそと何かが動いてる。
・・・・カラン
ドアを開けると、それはビクリと動いた。 おばあさんだった。 「・・・あの、どちらさまで」 「・・・あ、すいません。なんでここ閉めちゃったんですか!?」 唐突に聞くとおばあさんはもじもじと動き、幸薄そうに笑いながら言った。 「いや・・あの、はい・・・そうなんですよ」 僕は慌ててヘルメットとサングラスとマフラーとニット帽を外す。 「・・・あ、はい。すいません。えっといつもここに来てたものなんですけど・・・あの、はい。ここ、あの。すごく好きでした。ありがとうございました」 「・・・こちらこそ本当ありがとうございました」 「いえ。こちらこそ。すごく好きでした」 「すごく嬉しい、ありがとう」 「こちらこそ。本当お疲れ様でした」 お互い突然の来訪に戸惑っていながらも、 お疲れ様とありがとうを繰り返す。
「本当ありがとうございました」
こうしてこの町のお気に入りがまた一つなくなった。
よく時代の流れを好意的に受け取れないのは年をとった証拠だという。 じゃあ僕は年をとったのかも知れない。
便利な店が増えるのが良いだの悪いだのいうつもりはないが、なんというかこうネオンばかり派手にされると少し寂しくなる。
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