|
2008/01/17(木)
『27CHINA #6』
|
|
|
『#6 チョンソンスン』 (黄山)
「なぁかぁむぅらぁたぁかぁし」
僕はスケッチブックの端に「中村崇」と書いてお姉さんに教える。 お姉さんはそれを見て呟く。
「チョン・ソン・スン」
どうやら僕の名前を中国読みにするとチョンソンスンになるみたい。
***********
「飯食ったか?飯食ったか?うちの食堂に来いうちの食堂に来い!」
バスを降りてすぐ、客の到来を待ちわびていた一人の男が人懐っこい笑顔で話しかけてきた。 こいつは誰だ? 背は小さく体型はずんぐりむっくりした40代半ばの男。 彼は流暢な英語で話しかけてきた。
「うちの飯はうまいんだようちの飯はうまいんだよ、さあ行こう車で行こう!」
このFu(フー)さんの勢いに押され、僕はなされるがままついていく。
「さあ連れて行け!」 「え?FUさんが連れてってくれるんじゃないの?」
車に乗ると今度はFUさんではなく別の男にバトンタッチした。 男は男で捕まえた獲物を逃すもんかと好発進した。 どういうことだ。 僕はもしものためにと帰り道を記憶し始めた。
ついた食堂は寒々しい所だった。 気温もさることながら、ガランとした客席には誰もいない。
「・・・ニィハオ?」
店内に声をかけてみる。 どこまでも響いていきそうな寒々しさ。 やがてFUさんの奥さんと思しき女性が顔を出した。 僕が戸惑いながら円卓につくと、彼女は笑顔でメニューを持ってくる。
「うまい?うまい?」
あとを追ってやってきたFUさんが笑顔で訊いてきた。
「うん、美味いよ!」
別にそんなに美味くもなかったが、そう答えるとFUさんはまた人懐っこい笑顔で笑った。 すごく嬉しそうだった。 隣を見ると奥さんも嬉しそうに笑っていた。 だから中村崇も嬉しくて笑顔で笑った。
今日、僕は黄山に来た。
***********
昨日の杭州での夜のこと、 宿のロビーで6人の日本人が地図を覗き込んでいた。 それぞれがそれぞれの作戦会議である。 ほの暗い間接照明が雰囲気をかもしだしている。 さっきまで僕はどの町に行こうか考えあぐね、 ロビーに貼ってあるバスの時刻表をそれとなく眺めていた。 そこには聞いた事のない町から昨日いた町までのいくつかが載っていた。 どこか惹かれるところはないか、情報は特にないから町の名前できめるしかない。
「・・・だったら黄山かなあ」
地図を覗きながら訊いてみる。
「黄山って行ったことあります?」 「ないねえ、どんなとこなの?」 「いやあ分からなくって」
黄山には何があるんだろう。
「ここからこの山にはどうやっていくの、FUさん?」
黄山一帯の地図を一枚買うと、少しずつこの町の情報を拾っていく。 どうやら見所は山と温泉のようだった。
じゃあ山と温泉に行ってみよう。
翌朝、山を登った。 いくつもの峰が連なって出来ているこの黄山一帯はとにかく寒かった。 脇道を流れる川も凍っていた。 凍った川の上にまた水が流れ、また凍っていく。 そうして出来上がるのは気圧線模様。 それは凍りながらも波打っているようだった。 寒いのにかわりはないが、いくつもの峰を越えるとそれでも身体は次第に汗ばんでくる。 僕は上着のジッパーをあけた。 腹に冷たい風が吹き込んでくる。
「ぉぉぉぉ」
それは気持ち良かった。
黄山は巨大な岩が重なり合って、あるいはもっと巨大な一枚岩と松で形成されていた。
標高1860m、「蓮花峰」。 そこを目指して僕は歩き続けた。 アッップダウンを繰り返す。 と、道が止まった。 止まったというか、柵が張られそれ以上進めなくなっていた。
「何故」
柵には立て看板が括り付けてあった。 なんて描いてるか分からないが、とにかく頂上までは行けませんよ、との事だろう。
「だから何故」
他の登山者たちは何も言わずにまた来た道を戻っていく。 しばらく悩むと、他の人たちの隙を突いて一気に柵を越えた。
誰もいない道は静かだった。 風の音と自分の呼吸、それしか聞こえない。 はあ はあ はあ はあ 標高の高さと一気に駆け上がったおかげで、僕の息遣いは荒い。
誰もいない頂上から眺める景色。 鋭角に尖った峰々が目の下にある。 この中で一番高い峰がここだ。 鋭角に尖った峰は実際以上の高さを感じさせる。 お。 風に飛ばされないよう岩にしがみついた。 さっきより一層風が冷たく感じる。 お。 身震いをすると頂上から小便を垂れ、また身震いをする。
それにしても。 足が痛い。 これじゃ明日からしばらくは筋肉痛に悩まされるだろう。 ますます棒になっていくよ。
あ。 そうか。
下山したら温泉に浸かろう。 そう決めた。
|
|
|
|