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2008/01/12(土)
『27CHINA #1』
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『#1 国境と国境の間の二日間』 (日本−中国)
その途端、漁船は星の高さまで上がった。
おおおおおおおおおお!
次に漁船は水平線の下に潜り込んだ。
おおおおおおおおおお!
僕は歓声をあげ続ける。
風が痛く吹きつけている。
オオオオオオオオオオ・・・・
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2007年12月28日正午、 金曜日、 パスポートと数万円を持ってここ大阪南港に行けば、蘇州号に揺られて君は上海国際フェリーターミナルに行くことが出来る。 2泊3日、約50時間をかけて一路上海を目指す。 あまりにドタバタの出発だった為、心の準備と旅先の知識はこの50時間の間に全て詰め込むことになる。 60リットルのバックパックを背負いなおすと、腹に隠したパスポートを取り出す。
あ。
という間に君は船の一室にいることになる。 なんてことはない。 検査もチェックもなにもない。 海路は空路の5倍もゆるかった。
僕は二段ベッドの下を取ると、寝転がった。 いや、休んでる場合じゃないか。 ロビーに行ってみるとなるほど。 乗客のほとんどは中国人だった。 飛行機よりも格段に安いこの船は貧乏旅行者と中国人、世界各地のバックパッカーで占められていた。 飛行機だと大阪上海間は約2時間。 船だと50時間。 そりゃ忙しい人は金を出してでもそっちを選ぶだろう。
しかし船内は綺麗である。 設備も充実、乗務員もしっかりしている。 中国的ゆるさは多少見えるが、日本的固さよりいくらもいい。 せっかく旅に来ているのだ。 多少の不都合がなけりゃ、ドキドキもまた少なくなる。
それにしても、とも思う。 いまだにクリスマスの飾りが船内を埋め尽くしているのは何故だろう。 妙にリアルなサンタクロースが僕らに微笑みかけている。
簡単に荷物を解くと、僕は「展望風呂」へと向かった。 どうやらこの展望風呂、一等室のお客さんが使えるものらしいが、そこらへんは中国的ゆるさにあやかって。 誰も来ないうちに、ゆっくり浸かってやろう。
「っぷはー」
やがて風呂の湯が少し揺れた。 外を見やると、船は大阪南港が離れていった。
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部屋に戻ると、30歳前後のカップルが部屋にいた。 どうやら同室の人みたいだ。 「あどうも、足立です」 「こんにちはぁ、中村です」 この足立夫妻は今日から二人で1年ほどの旅にでるそうだ。 今日がその一歩目。 行き先は、「世界一周」。 夫婦で世界一周か。 すごくいいな。
「あ、中村さん。さっき船の人が探してましたよ」 「えっ、なんで?」
さっそく風呂に入ったのがばれたのか? 足立さんの言う通り、やがて船員の一人が部屋にやってきて、中国鈍りで僕の名を呼んだ。 「ナカムラサァン?」 「・・・はい。」 「コレドウゾ」 船員が手渡してきたものは船と蘇州号の文字が青でプリントされた一枚のハンドタオル、そしてオルゴールカードだった。 僕はカードを開いてみる。 と、誕生日ソングが流れてきた。 「オメデトウゴザイマス!」 「あ、ありがとうございます!」 蘇州号はこんな粋な事もしてくれる。
コトンッ。 足立さんは缶ビールを僕に手渡した。 「そんないいですよ、足立さんこれから大変なんですから!」 「いいよいいよ、誕生日なんだから!」 足立さんもこんな粋な事をしてくれる。
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深夜2時、僕は目が覚めた。 いや、恐らく船に乗っている200人近くの人たちが同時に目を覚ましたかも知れない。 突然船が揺れたのだ。 波が荒くなっていた。 それからも断続的に船は揺れ続けた。
一揺れごとに皆は顔を土色に変え、酔っていく。 隣では嗚咽の声がする。 一方、僕は元気になっていく。 僕は乗物にめっぽう強いのだ。 どんな荒波の中でも本を読めるという大したことない特技があるくらい強い。 だから僕は展望風呂を目指し、そして甲板を目指した。
おおっ! 見事に海は荒れていた。 強風。 台風の日に田んぼのど真ん中に立った日を思い出す。 強風。 体が風下へと飛ばされていく。 濡れた髪はものの5分で乾いていた。 すぐ下の黒い波を見やると、揺れるでもなく弾けるでもなく、それは、ゆっくり、ゾゾゾと生まれてきていた。 生まれては消え、生まれては消える。 鳥肌。 不安。 夜の海の真ん中は怖い。 水しぶきが乾いた頭をまた濡らし始める。 どこが水平線だ。 真っ暗な海の上じゃ何も見えやしないが、 遠く、遠くに漁船の明かりが見えた。 水平線って何キロ先だ。 水平線ってどれくらい先だ。 グラングラン揺れる甲板で出もしない答えを考える。 俺何してんだ。 と、船が一段と大きく縦に揺れた。 と、漁船の小さい明かりが空まで昇った。
「おおおおおおおおおお!」
一人歓声を上げていた。 船の尻が大きく上がると明かりは深く沈み、 船の尻が大きく沈むと明かりは空高く舞い上がる。 星の高さ。
「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
僕は歓声をあげ続けた。
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「・・・おはようございます」
朝起きると、波は何もなかったかのようにいつもの穏やかさを取り戻していた。
「ニーハオ!」
あ、上海だ。
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