マガッタ玉日記
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2009/03/20 『移動のお知らせ』
2009/01/07 『どうしようもないね、こればっかりは』
2009/01/03 「どうしたもんかね、こればっかりは」
2009/01/01 『新年明けましておめでとうございます』
2008/12/31 『2008』

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2008/01/31(木) 『第一次喫茶店戦争、勃発』
「・・・また休みか」

看板が出ていないのを見ると、そのままその店を通り過ぎる。
これがここ最近の僕の日課。

物を考える時にはいつもここに来る。
いつ来ても静かな喫茶、「HORN」。
ここは昼頃になると常連のおばちゃんたちがいつもぎゃはぎゃはとやってくるが、
それ以外はいつも静かな店で。
3年ほど前まではおじいさんとおばあさんと大きな犬でやっている錆びれた喫茶店だった。
しかしおじいさんが亡くなってからはおばあさんが一人、大してうまくもないコーヒーをコポコポと淹れるますます錆びれた喫茶店になった。

「カレーとアイスコーヒーお願いします」
僕のお気に入り。

この町に住んで6年、だからここに通ってもう6年になる。
この町に越してきた頃、駅前は静かというか錆びれていた。
閑静な住宅街といえば聞こえはいいが、
たまに催される町内祭りなんかを見てるとよく分かる。
どうも今ひとつ活気がない。
商店街に活気がない。
でも僕はこの町が好きだった。
その一番の理由は錆びれ喫茶「HORN」があるから。

「今日も休みだ」

ここ1,2年でこの駅も様変わりした。
高架線路になった途端、マクドナルドが出来、タリーズコーヒーが出来た。と思ったらその隣にサンマルクカフェが出来、前々からあったドトールは潰れた。と思ったらタリーズも潰れ、変わってすき屋が出来、デニーズが出来た。
第一次喫茶店戦争。
今じゃ小さな駅に24時間ネオンが光ってる。

「・・・また今日も休みだ」

初めてこの店に来たとき、おばあさんに訊いてみた。
「定休日っていつなんですか?」
それに対しておばあさんは申し訳なさそうに答えた。
「ああ・・・えっとですね、わたしが休みたい時に・・・すいません」
「あんら、素敵じゃないですか」
そう言うと、おばあさんはふふふと笑う。
「お酒飲んだ次の日なんかはどうも・・・」
その笑顔はどうも幸薄そうで、僕は好きだった。

「・・・また今日も休みだ」

ここ数日シャッターが降り続けていた。
今までこんなに休みが続くことはなかった。
もしかしたらおばあさん、亡くなった。
でもだったら張り紙くらいされてるはずだ。
いつもは遠くから看板を確認するだけで素通りしていたが、
今日は店の前まで行ってみることにした。
「・・・・・・・・」
張り紙はなかった。
代わりに綺麗な看板が貼り付けられていた。
錆びれた建物に似つかわしくない綺麗な看板にはこう描かれていた。

「FOR RENT」
電気の消えた店内を覗いてみる。
荷がまとめられたこの店はますます静かだった。
「・・・あ」
何かいる。
薄暗い中、物陰でごそごそと何かが動いてる。

・・・・カラン

ドアを開けると、それはビクリと動いた。
おばあさんだった。
「・・・あの、どちらさまで」
「・・・あ、すいません。なんでここ閉めちゃったんですか!?」
唐突に聞くとおばあさんはもじもじと動き、幸薄そうに笑いながら言った。
「いや・・あの、はい・・・そうなんですよ」
僕は慌ててヘルメットとサングラスとマフラーとニット帽を外す。
「・・・あ、はい。すいません。えっといつもここに来てたものなんですけど・・・あの、はい。ここ、あの。すごく好きでした。ありがとうございました」
「・・・こちらこそ本当ありがとうございました」
「いえ。こちらこそ。すごく好きでした」
「すごく嬉しい、ありがとう」
「こちらこそ。本当お疲れ様でした」
お互い突然の来訪に戸惑っていながらも、
お疲れ様とありがとうを繰り返す。

「本当ありがとうございました」

こうしてこの町のお気に入りがまた一つなくなった。

よく時代の流れを好意的に受け取れないのは年をとった証拠だという。
じゃあ僕は年をとったのかも知れない。

便利な店が増えるのが良いだの悪いだのいうつもりはないが、なんというかこうネオンばかり派手にされると少し寂しくなる。

2008/01/30(水) 『タイムカプセルの中にはグチャグチャの絵を入れたいんだ』
「こりゃ今日一日はなんも起こらないな」

朝起きて、なんとなくそう思った。
きっと今日はいわゆる平凡な一日って奴だな。
でも今日はなんとなく非凡に過ごしたい。
理由はないけど、なんとなく平凡そうな一日をなんとなく非凡にしてみたい。
なんか色が欲しい。

僕は僕の一生をもともと白紙で生まれたと思ってるから、毎日ほんの少しでも色を足したくなる。
27年前両親から真っ白い製紙をもらった。
そんな感じ。
あとは僕がそこに好きな色を足してったり、好きな人たちに好きな色を足してもらったりしてる。
80でその絵をみた時、自分でも何がなんだか分からんくらいグチャグチャに出来上がってれば最高だと思ってる。
でもどうやらこりゃ今日は何も足せそうにないな。
まあたまにゃそんな日もある。

キキィ!

そんなことを考えながら歩いてたら、自転車にぶつかりそうになった。
直前でお互いサッとよける。
そして自転車も僕も少し離れたところで振り返る。
自転車が言う。
「ごめんなさーい!」
僕もつられて言う。
「いえ、こっちこそー!」
人のいいおばさんだった。
そしておばさんはまた普通に去っていく。
一方僕はさっきより少し晴れやかな気分で歩いてる。

あそうだ決めた。せっかく平凡な一日なんだから今日はめちゃくちゃ謙虚に生きてみよう。

胡散臭いくらい謙虚に。

「2008年1月30日、誰よりも腰低く謙虚に過ごした日」

これ、やってみよう。
それから僕は会う人会う人、謙虚に接してみた。
いつもならムッとするとこも笑顔で「ああなるほどねー」と言ってみる。
相手が違うと思っても謝ってみる。
うん。
謙虚であるって難しいけど、なかなか気持ち良いもんだ。
でも1分後にはまたムッとしてる。
やれ会話の端をとるだの、やれ前の車が遅いだの、やれいきつけの喫茶店が閉まってるだの、やれマイルドセブンの3mgが置いてないだの、平凡な一日でもムッとするネタはつきない。

本当しょっちゅうムッとしとるんだなこの頃の君は。
でもな、若いってのは財産だ。
今のうちはなんにでも喰いつきなさい。
うんうん。
80の爺さんが頷いてる。

そんなことを考えながら、平凡な夜は更けていく。

うん。
何色なんだか、何がなんだか分かんないけど、
今日、今までの僕は見たことのない色を覗いた。
そんな気がするよ。

2008/01/23(水) 『雪の日ってのはなかなか停まれないもんで』
顔面クっシャクシャにしながらバイク飛ばしたり手先なんかもう何がなんだか分かんないよ左手はいいポケットに突っ込めるから右手だ右手は常にアクセルふかしてなきゃいけないから両の手が喧嘩始めちゃうよこれじゃなんだこれなんだこれ雪だ雪これは雪だみぞれかいや雪だこれ雪だこれは雪だ去年なんかを思い返してみると大して降ってなかったなと思うというか降ってなかったな今年は寒いって事だな早く家に帰りたいけどちょっと買い物だけしたいんだ申し訳ないけど四代目もう少し付き合ってくれよもう無茶な運転はしないから牛乳とティパックと大量の砂糖まとめて鍋に突っ込んでぐつぐつ煮込めばキャンコーフィーを越えたヒーター全開にして窓全開にして雪眺めてこんな日はこれに限るわなそんでDVDは「かもめ食堂」すごく今日に似合ってんなヘルシンキかぁ最近北欧に惹かれ続けてるこんな日はノート取り出して来年のマガッタの構想の連想の適当な言葉の並べて物語創って遊んで今年の3月の台本の広げての読んでの読んでぇの読んでぇぃの雪の日ってのはなかなか停まれないもんで。

とかなんとか。

3月、芝居初めの季節です。
詳細はまた追ってアップしますので、皆々様是非お越し下さい。


こんにちは中村崇です。

3月に「ワニの涙」という芝居に出ます。
@三軒茶屋シアタートラム

本番は3月6日から16日まで。

作・演出
川村毅
出演
手塚とおる・根岸季衣・笠木誠・伊澤勉・市川梢・岡田めぐみ・中村崇・伊藤克・ルー大柴(声)・川村毅

ということでまずは

2008年2月3日午後4時

同じくシアタートラムにて、
「ワニの涙、公開リーディング」があります。
詳しくはマガッタからリンクしてある
「T FACTORY」
に飛んでみて下さい。

雪、降ったねぇ。

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

2008/01/19(土) 『27CHINA #7』
『#7 欲情的浴場』
(黄山)


「仰向けで寝て」

そこにはステンレス製のベッドが置いてあった。
僕は真っ裸だった。
相手はそれを見ている。
真っ裸で寝ているところをじっと見られるというのは変な気分だ。
湯気のせいか、眼鏡を外したせいか、見つめた天井はぼんやりとしている。
天井は、高い。
蛍光灯は明るい。
やけに明るかった。
その明るさのせいで、僕の隅々まで見られているみたいだった。
僕は目を閉じると相手に全てを委ねることにした。

「・・・どう?」
「・・・ああ・・・きもちいい」

首、腕、指、胸、腹、ペニス、足、全身余すところなく触れられる。
不思議と恥ずかしくはない。
僕にはそういった羞恥心が足りないのかも知れない。
しばらくの間、僕は体中をまさぐられ続けた。

***********

山の近くにあるはずだった「温泉」は休業中だった。
町の人の話によれば、オフシーズンにあたる今は改装修理をしているそうだ。

「・・・しょうがないか」

山から下りてくると、僕は町の外れに向かった。
確か昨日町をぶらついていた時、町の外れで「温泉」という看板を見た気がするのだ。
もしかしたらそこでも浸かることが出来るのかもしれない。
その建物の手前で街灯は急にもの淋しくなった。
そこから先には建物もなく、まるで町から隔離されているように建っている「陽光休閑会所」、そこには確かに「温泉」の文字があった。
赤、青、黄、緑。ネオンがチカチカと輝いている。

キィ・・・・

ドアを開けると店員の眼が一斉にこちらに向いた。

「・・・ニ、ニィハオ?」
「ニィハオ」

男が3人に女が4人、
7人の店員は揃って微笑んだ。

「ここ、温泉ですか?」
「そうよ」
「・・・いくら、ですか?」
「30元よ」

丁寧に対応してくれた綺麗な女性もスーツを着込んだ青年も微笑んでいる。
・・・温泉って、こんなにお洒落なところだっけ?
他の店に比べてここは特別綺麗な店だった。
でもまあ30元(≒450円)ならなんでもいいや、
鍵を受け取ると、更衣室に向かう。

「・・・ん?何?」

更衣室に入るとサテン地のゆるい服を着た少年が微笑みかけてきた。
「店員さん?」
特に気にせず、ロッカーを開ける。
「ちがうちがう、こう使うんだよ」
開け方が分からずもたもたしていると、その少年が鍵の使い方を教えてくれた。
綺麗な顔立ちの少年だった。
「ありがと」
「うん」
彼は笑顔で去っていく。
しかし服を脱ぎだすと、彼はまた戻ってきた。
ロッカーの影からちらちらとこちらを覗いている。
ん?なんだ?俺の裸がみたいのかな。
サービス精神旺盛な僕は勢いよくパンツを引き下げた。
どうだ!
少年は微笑んでいる。

「ああ、気っ持ちええわあ」

一日の疲れを取り、一日の汚れを落とす。
シャワーを浴びていると、今度は背後に人の気配を感じた。
びくっと振り返ると、そこにはさっきの少年が立っていた。

「・・・どうしたの?」

少年は意を決したのか、喋りかけてきた。

「○▽■*○▽■*」

何を言ってるのか分からない。
それから少年はしばらくの間、隣に座っていた。
なんとなくいい奴そうだなあ。
と、後ろのベッドのようなものに太ったおっさんが寝転がった。
そこに痩せ細ったおっさんが来ると、太ったおっさんの身体を洗い始める。

あ!
・・・垢すり?
そうか、少年は僕に垢すりやらない?と聞いていたのか!
そうジェスチャーすると少年は「そうそう」とうなずいた。
「いくら?」と聞くと今度は指でバッテンをつくった。
「ん?いや、あのおっさんやってるやつ、いくら?」
やっぱりバッテンをつくる。
んん、意味が分からない。
やっぱりいいやと風呂に浸かると、杭州で出会った日本人が話していた事を思い出した。
「中国でバッテンは10って意味なんだよ」
なるほど垢すりが10元(≒150円)か。
「ごめん、やっぱお願い!」

少年は丁寧に洗ってくれる。
指の一本から玉の裏まで丁寧に洗ってくれる。
まさか玉の裏を人に洗ってもらうことになるとは思わなかったが、
郷に入りては郷に従え、僕はなされるがままマグロ男と化す。

「謝謝」

と今度は少年と同じてらてらと光るサテンの服を渡してきた。
そして二階を指差す。
きっと「二階の休憩室でゆっくりしていきなよ」とでも言っているんだろう。
ここは好意に甘えよう。
「そこ煙草吸える?」と聞くと少年はうんうんと笑顔でうなずいた。

「・・・ん?」

二階にあったのは青い部屋だった。
ブラックライト、ベッド、ゆったりした曲。
僕は更衣室に戻り、少年に言った。

「ごめん、お金ないからマッサージはもういいんだよ」

少年はそれが理解できないのか、どうして?という顔で僕を見てくる。
しょうがないので今度は腕時計を指差し、「時間がないから宿に戻らなきゃいけないんだよ」と伝える。
しかし少年には理解できないようだった。
「マッサージはもういいんだよ」
何度もそう伝えると、やがて彼は「ちがうちがう」と笑った。
それから右手でまるをつくり、左手の人差し指をそのまるに突っ込んだ。
左指がピストン運動を繰り返す。
「マッサージじゃなくてこっちだよこっち♪」
無邪気に言う。

・・あ。
そっち?
マッサージじゃなくて、そっち?
そっちかあ。
あ。
だから少年は玉の裏まで丁寧に洗ってくれたのかあ。
なるほど!
っってことはだよ、最初の店員の微笑みは「あんたも好きね」って意味か。
ああ、なるほど。
ようは買春温泉ってやつか。
少年は嬉しそうに「イエスイエス」とうなずく。
少年がせっかくすみずみまで綺麗にしてくれたのだ、ここは恩返しをしよう。
いやいやいや。
「あのね、ごめん、お金ないんだ」
そう伝えると彼は笑顔で右手をすっと出してきた。
僕たちは固い握手を交わし、店をあとにした。
なんの握手だったんだ。

黄山、色々あって楽しい町だった。

僕は明日この旅行最後の街、上海に向う。

2008/01/17(木) 『27CHINA #6』
『#6 チョンソンスン』
(黄山)


「なぁかぁむぅらぁたぁかぁし」

僕はスケッチブックの端に「中村崇」と書いてお姉さんに教える。
お姉さんはそれを見て呟く。

「チョン・ソン・スン」

どうやら僕の名前を中国読みにするとチョンソンスンになるみたい。

***********

「飯食ったか?飯食ったか?うちの食堂に来いうちの食堂に来い!」

バスを降りてすぐ、客の到来を待ちわびていた一人の男が人懐っこい笑顔で話しかけてきた。
こいつは誰だ?
背は小さく体型はずんぐりむっくりした40代半ばの男。
彼は流暢な英語で話しかけてきた。

「うちの飯はうまいんだようちの飯はうまいんだよ、さあ行こう車で行こう!」

このFu(フー)さんの勢いに押され、僕はなされるがままついていく。

「さあ連れて行け!」
「え?FUさんが連れてってくれるんじゃないの?」

車に乗ると今度はFUさんではなく別の男にバトンタッチした。
男は男で捕まえた獲物を逃すもんかと好発進した。
どういうことだ。
僕はもしものためにと帰り道を記憶し始めた。

ついた食堂は寒々しい所だった。
気温もさることながら、ガランとした客席には誰もいない。

「・・・ニィハオ?」

店内に声をかけてみる。
どこまでも響いていきそうな寒々しさ。
やがてFUさんの奥さんと思しき女性が顔を出した。
僕が戸惑いながら円卓につくと、彼女は笑顔でメニューを持ってくる。

「うまい?うまい?」

あとを追ってやってきたFUさんが笑顔で訊いてきた。

「うん、美味いよ!」

別にそんなに美味くもなかったが、そう答えるとFUさんはまた人懐っこい笑顔で笑った。
すごく嬉しそうだった。
隣を見ると奥さんも嬉しそうに笑っていた。
だから中村崇も嬉しくて笑顔で笑った。

今日、僕は黄山に来た。

***********

昨日の杭州での夜のこと、
宿のロビーで6人の日本人が地図を覗き込んでいた。
それぞれがそれぞれの作戦会議である。
ほの暗い間接照明が雰囲気をかもしだしている。
さっきまで僕はどの町に行こうか考えあぐね、
ロビーに貼ってあるバスの時刻表をそれとなく眺めていた。
そこには聞いた事のない町から昨日いた町までのいくつかが載っていた。
どこか惹かれるところはないか、情報は特にないから町の名前できめるしかない。

「・・・だったら黄山かなあ」

地図を覗きながら訊いてみる。

「黄山って行ったことあります?」
「ないねえ、どんなとこなの?」
「いやあ分からなくって」

黄山には何があるんだろう。

「ここからこの山にはどうやっていくの、FUさん?」

黄山一帯の地図を一枚買うと、少しずつこの町の情報を拾っていく。
どうやら見所は山と温泉のようだった。

じゃあ山と温泉に行ってみよう。

翌朝、山を登った。
いくつもの峰が連なって出来ているこの黄山一帯はとにかく寒かった。
脇道を流れる川も凍っていた。
凍った川の上にまた水が流れ、また凍っていく。
そうして出来上がるのは気圧線模様。
それは凍りながらも波打っているようだった。
寒いのにかわりはないが、いくつもの峰を越えるとそれでも身体は次第に汗ばんでくる。
僕は上着のジッパーをあけた。
腹に冷たい風が吹き込んでくる。

「ぉぉぉぉ」

それは気持ち良かった。

黄山は巨大な岩が重なり合って、あるいはもっと巨大な一枚岩と松で形成されていた。

標高1860m、「蓮花峰」。
そこを目指して僕は歩き続けた。
アッップダウンを繰り返す。
と、道が止まった。
止まったというか、柵が張られそれ以上進めなくなっていた。

「何故」

柵には立て看板が括り付けてあった。
なんて描いてるか分からないが、とにかく頂上までは行けませんよ、との事だろう。

「だから何故」

他の登山者たちは何も言わずにまた来た道を戻っていく。
しばらく悩むと、他の人たちの隙を突いて一気に柵を越えた。

誰もいない道は静かだった。
風の音と自分の呼吸、それしか聞こえない。
はあ はあ はあ はあ
標高の高さと一気に駆け上がったおかげで、僕の息遣いは荒い。

誰もいない頂上から眺める景色。
鋭角に尖った峰々が目の下にある。
この中で一番高い峰がここだ。
鋭角に尖った峰は実際以上の高さを感じさせる。
お。
風に飛ばされないよう岩にしがみついた。
さっきより一層風が冷たく感じる。
お。
身震いをすると頂上から小便を垂れ、また身震いをする。


それにしても。
足が痛い。
これじゃ明日からしばらくは筋肉痛に悩まされるだろう。
ますます棒になっていくよ。

あ。
そうか。

下山したら温泉に浸かろう。
そう決めた。

2008/01/16(水) 『27CHINA #5』
『#5 全て許される』
(杭州)


薄く靄のかかった湖を前にいる。
そういえばこの旅行中に晴天は一日もなかった。
湖の奥には山が連なっている。
山よりも峰といったほうが合ってるかも知れない。
そんな峰々にも薄く靄がかかっている。
夕暮れ時。
少しずつ太陽が沈んでいく。
太陽にも靄はかかっている。
オレンジ色の光は靄を染める。
夕焼け。
西日になった太陽はまだはっきりと輪郭をみせていない。
やがて赤く染まっていくと、ようやく丸い形を現し始めた。
たまに夕陽を眺める。
それは良いことだ。
ここから5分間は一番物思いに浸りやすい時間帯だ。
群青に変わるまでの5分、
育ちの良い黄身みたいな太陽を眺める。
思っていたよりも速いスピードで太陽は峰々の間に沈んでいく。
地球が回ってる。
太陽が沈む速さはそのまま自転の速さだ。
なんとなく嬉しい発見だった。

***********

蘇州から南西へ3時間、杭州にやってきた。
ついてすぐに「西湖」を散策してみた。
杭州は湖が有名な町なんである。
ここでは綺麗な夕陽とそれを映やす湖が手軽に見られるのだ。
だから自然と観光客が集まってくる。
だからセレブリティ溢れる町だった。
綺麗な店が並び、綺麗な道が続く。
蘇州では見られなかった西欧人観光客もちらほらと見受けられた。

湖沿いのユースホステルに宿をとると、僕はひたすら歩いた。

「今日はゆっくり休んで明日一日で観光しよう」

そう思ってたのに、西湖周りの観光名所をひた歩いてた。
周囲15kmの西湖をひた歩く。

「このまま一周しちゃうんじゃないか!」

セレブリティな町をセレブレティに歩く。
でもすぐに断念。
これじゃ足が棒になっちゃうよ。
どれだけ歩いたろう。
しかし地図を見れば3分の1にも達していなかった。

夜は「彷古街」を歩く。
ひた歩く。
「彷古街」、なんて素敵な名前だろう。
そう思ってひた歩く。
んん。
ここは日光江戸村か。
外国人がイメージする中国がここにあった。
どんぶりみたいなチャイナ帽を被ったおっさんが笑顔で写真撮影に応じてる。
目立ちたがり屋の銅鑼が何度も鳴り響く。
中国らしい土産物が整頓されて並んでる。
綺麗に舗装された道にはゴミ一つ落ちてない。
セレブリティ。
僕はそんな作り物の中国を覗きたい訳じゃなかった。
それでも僕はひた歩く。
セレブリティにひた歩く。
これじゃ足が棒になっちゃうよ。

それでもひた歩くと、屋台でタニシが売っていた。
どんぶりいっぱいのタニシ。
僕はセレブリティにタニシを食べる。
量は質素でよかった。
そういえば2007年の食べ収めはザリガニだった。
ボウルいっぱいのザリガニ。
そして2008年の食べ始めはタニシだった。
子タニシがうじゃうじゃついたタニシ。

翌日もひた歩いた。
西湖を逆周りでひた歩いた。
綺麗に刈り込まれた芝生に置かれたスピーカーからは雄大な音楽が流れてる。

「これは胡弓かな」

いい音楽ではあるが、過剰演出は客を引かせる。
それでも曲に合わせて僕はひた歩く。
これで足が棒になっちゃったよ。

帰りはセレブリティにバスに乗ることにした。

僕は綺麗な町での遊び方がまだいまいちよく分からない。
ショッピングってのがいつも肝だが、どうもそこに踏み出せない。
絵を買うよりも画用紙を買うことに喜びを覚える。
白紙に一本の線を描き足す。
今はそれが楽しい。

でも夕方になればまたこの町を好きになる。


夕陽を見てるといつも息を呑んでしまう。

2008/01/14(月) 『27CHINA #3』
『#3 衣・食・住、町についたらまずは住』
(蘇州)


西へ。
上海から長距離バスに揺られること2時間半、
『蘇州』という町にやってきた。

中国は広い。
国土は日本の約26倍、人口にして約10倍、13億人。
しかし地図上で見ると遠いと思っていたこの町も
意外なほど近かった。

ここ蘇州は水の都と呼ばれているそうだ。
西には「太湖」が、北には「長江」が流れている。
その美しさからここは「東洋のベニス」と称賛されている。

僕はベニスを知らない。
TVのイメージ程度ならあるけれど、僕はベニスを知らない。
そしてもし僕の中のベニスが間違っていないなら、間違っていると思う。
ここはベニスなんかじゃないと思う。
蘇州、
なんていうか、まあ普通の町なんである。

初めてこの町に着いた時、僕はそんな印象だった。

***********

蘇州に着いたのはもう陽が暮れる頃だった。
バックパックを背負いなおすと、
やけに派手なパッケージの中国産煙草に火を点ける。
味は、悪くない。

「宿だ、宿」

慣れない国、薄暗い中、初めての宿探し。
良い条件とはいえなかった。
それより何より寒かった。
僕は東京の冬をイメージしてやってきたが、
東北の冬だった。
あらわになった手と顔が「寒いというより痛い!」と嘆いている。
しかしそんなこと嘆いててもしゃあんべい。

「ハンゴウ?ハンゴル?」
「ノー、ジャパニーズ」
「?」
「あ、そうか。・・・アァ・・・俺・・・ウォ・・リーベンレン?」

この国では韓国人に間違われることが多かった。
その度に「リーベンレン(日本人)」という言葉を思い出す。

僕は擦り寄ってくる宿のキャッチとひとまず交渉を始めた。
南アジア、東南アジアに比べて彼らは少し横柄な気がする。
強引さはどこの国のキャッチでもあったが、中国のキャッチは少し横柄な気がする。
アジアが「旦那ぁ、うちに泊まりに来ちゃいなよー」と人懐こく攻めてくるのに対し、
中国は「宿探してんだろ?泊まりに来てもいいよ」と少し上から攻めてくるといった感じか。
僕はスケッチブックを取り出し、
「便宜 宿 招待所 中心部 熱湯 空調 日本人」
などと適当に書き記した。

毎度毎度のことではあるが、宿は中々見つからなかった。

ここ蘇州南バスターミナルに宿のキャッチはわんさかいるのだが、
ようやくの交渉後、着いていってみたら言い値と違ったり、全く中心部じゃなかったり、いつの間にかいなくなっていたり、当たり前に事はうまく運ばない。
「もういい!」
自分の足で宿を探してみればみるで、たまにはおっと思うが、
しかしそこは大抵「外人さんお断り」だった。
大抵の安宿は「日本人ダメよ」なんだそうだ。

中国の宿には色々な名前があった。
日本での○○ホテルや○○旅館に当たるそれは
「賓館、酒店、大酒店、飯店、大飯店、招待所、旅者、住宿、大廈」、
とにかくいっぱいある。
これらは全部宿の意味で酒屋や飯屋じゃないそうだ。

「もういい!」
何度か繰り返すうちに、僕は息が切れてきた。
ジーパンの下に履いた股引きが汗ばんでいる。
宿探しのおかげで寒さは気にならなくなっていた。
でも、寒くてもいいからもう休みたい。
バックパックが重く肩に食い込んできた頃、
この町での宿が決まった。

それは大学寮にもなっている宿、「東呉飯店」。
一人一泊50元ナリ。
(1元=約16円)

鍵を受け取り、ベッドにバックパックを放り投げる。

「あああ!重かったー寒かったーきつかったー!」

快報、解放、開放。
部屋は簡素ではあるが、広い。
エアコンもちゃんとついている。
それよりなにより驚いたのは掛け布団がついていることだった。
僕は基本的に暑い国にしか旅行に行ったことがないので、
どこも「安宿」は掛け布団がないものだと思っていた。
つまり、今思えば無謀な話だが僕は毎晩凍えて朝を迎えるつもりだったのだ。
あと中国宿の特徴としてはどの宿にも必ず湯沸かし器と茶セットがついていた。
さすがお茶の国。

に、しても。
宿探しついでにこの町をチョロチョロと歩き回ってみて、思ったことがある。
蘇州、
この町のどこが東洋のベニスなんだろう。
欠片も見つからなかったが。
それともこの町のどっかにベニスが隠れてるんだろうか。
まあ今日はもういい。
無事に宿が見つかって良かった。




次の日、僕は獅子のように感嘆の声をあげることになる。


2007年12月30日 蘇州、我着也

2008/01/13(日) 『27CHINA #2』
『#2 旅の感覚』
(上海フェリーターミナル−上海南駅)


「中国に着いたら年末かあ、どこで過ごそうかなあ」

まだ足元がゆらゆらと揺れている。
いや揺れているのは頭の方か。
頭の中が波打っている。
フェリーを降り入国手続きが済むと、
僕は時計の針を一時間戻し、中国時間にした。
これで揺られていたのは49時間ということになる。
だからといって何が変わるわけでもないが。
それから方位磁針を取り出し、僕は東西南北を確認した。
見知らぬ土地に着くと僕はまず方角を覚えるようにしている。
それは現在位置を確認するというよりは、
一種のまじないみたなもので、浮き足立った感覚が少し地べたに近づく気になれるのだ。
旅中の僕はいつもより感性が研ぎ澄まされ、いつもより感覚が鈍っている。
いつもより意識が鋭く、いつもより意図が薄い。
感覚のお話。

僕はバスに揺られ「上海南駅」へと向かうことにした。
まずは人の良さそうな人を探そう。
スケッチブックを取り出し、
「汽車→上海南火車」
と出来るだけ丁寧に書き、僕は道行く人に「すいません」と話しかける。
もちろん中国人に日本語のすいませんが通じるはずもないが、中国語での「すいません」を僕は知らないんだからしょうがない。

話には聞いていたが、中国は英語が一切通用しない国だった。
もちろん日本語も通用しない。
ワン、ツー、スリー、いち、に、さんが通用しない国、中国。
しかし僕が知っている言葉は「ニイハオ」と「シェイシェ」、あとは「ウォアイニィ」くらいしかない。

「こんちは!本当ありがとねー、愛してるってばー」

それじゃ旅は進まない。
じゃあどうすればいいか。
ラッキーなことに僕は日本人だった。
ということは「漢字」で会話が出来るのだ!
とか思っていたら、残念。
着いてみたらそう簡単な話じゃなかった。
中国漢字は日本のそれとは違って、略字で表記されている。
だから同じ漢字のはずなのに、中国漢字の6割以上は何がなんだか分からない。
それに同じ漢字でも意味が違ってきてしまう。

例えば「汽車」(これも中国式の略字で書かなければ伝わらないが)、
これを僕は電車の意味だと思っていたが、中国では「バス」の意味になるそうだ。
ちなみに電車は「火車」と書く。
だから
「ここフェリーターミナルからバスで上海南駅まで行きたいんだけど、どうすればいいの!?」
と聞きたい僕は
「汽車→上海南火車」
と書き、泣きそうな顔で相手を見つめればいい。
そこに「?元」と足せば、「じゃあそれはいくらで行けるのさ!?」と値段も調べられたりする。
これで3,4割は伝わっている、と思う。
にしたって終始これじゃ疲れちまう。

それでも2,3の中国漢字を覚えると、
なんとなく会話の全体像が見えてくるから不思議だ。
言葉を覚える、旅の快感の一つかもしれない。


バス停で上海南駅行きを待っていると、二人の若者が僕を挟み込んできた。

「あ、こいつらスリだ」

なんとなくそう思った。
挟み込み方や片方の意識の散らせ方、もう片方の死角への入り方、
そして二人の目線、その全ての空気が「僕たちスリですから」、そう言っていた。
つまりこいつらは下手くそだった。
僕は視線を他に移した振りをして、財布を抜かれないようさりげなくポケットに手を突っ込む。

やがて二人の若者は去っていった。

「気を引き締めなけりゃ」

僕はバスに乗り込む。

バスに揺られ、僕は早速上海をあとにした。

2007年の終わり、中国初めの行き先は、
「蘇州」。
そこで今年の年末は静かに過ごすことにしよう。

2008/01/12(土) 『27CHINA #1』
『#1 国境と国境の間の二日間』
(日本−中国)


その途端、漁船は星の高さまで上がった。

おおおおおおおおおお!

次に漁船は水平線の下に潜り込んだ。

おおおおおおおおおお!

僕は歓声をあげ続ける。

風が痛く吹きつけている。

オオオオオオオオオオ・・・・

***********

2007年12月28日正午、
金曜日、
パスポートと数万円を持ってここ大阪南港に行けば、蘇州号に揺られて君は上海国際フェリーターミナルに行くことが出来る。
2泊3日、約50時間をかけて一路上海を目指す。
あまりにドタバタの出発だった為、心の準備と旅先の知識はこの50時間の間に全て詰め込むことになる。
60リットルのバックパックを背負いなおすと、腹に隠したパスポートを取り出す。

あ。

という間に君は船の一室にいることになる。
なんてことはない。
検査もチェックもなにもない。
海路は空路の5倍もゆるかった。


僕は二段ベッドの下を取ると、寝転がった。
いや、休んでる場合じゃないか。
ロビーに行ってみるとなるほど。
乗客のほとんどは中国人だった。
飛行機よりも格段に安いこの船は貧乏旅行者と中国人、世界各地のバックパッカーで占められていた。
飛行機だと大阪上海間は約2時間。
船だと50時間。
そりゃ忙しい人は金を出してでもそっちを選ぶだろう。

しかし船内は綺麗である。
設備も充実、乗務員もしっかりしている。
中国的ゆるさは多少見えるが、日本的固さよりいくらもいい。
せっかく旅に来ているのだ。
多少の不都合がなけりゃ、ドキドキもまた少なくなる。

それにしても、とも思う。
いまだにクリスマスの飾りが船内を埋め尽くしているのは何故だろう。
妙にリアルなサンタクロースが僕らに微笑みかけている。

簡単に荷物を解くと、僕は「展望風呂」へと向かった。
どうやらこの展望風呂、一等室のお客さんが使えるものらしいが、そこらへんは中国的ゆるさにあやかって。
誰も来ないうちに、ゆっくり浸かってやろう。

「っぷはー」

やがて風呂の湯が少し揺れた。
外を見やると、船は大阪南港が離れていった。

***********

部屋に戻ると、30歳前後のカップルが部屋にいた。
どうやら同室の人みたいだ。
「あどうも、足立です」
「こんにちはぁ、中村です」
この足立夫妻は今日から二人で1年ほどの旅にでるそうだ。
今日がその一歩目。
行き先は、「世界一周」。
夫婦で世界一周か。
すごくいいな。

「あ、中村さん。さっき船の人が探してましたよ」
「えっ、なんで?」

さっそく風呂に入ったのがばれたのか?
足立さんの言う通り、やがて船員の一人が部屋にやってきて、中国鈍りで僕の名を呼んだ。
「ナカムラサァン?」
「・・・はい。」
「コレドウゾ」
船員が手渡してきたものは船と蘇州号の文字が青でプリントされた一枚のハンドタオル、そしてオルゴールカードだった。
僕はカードを開いてみる。
と、誕生日ソングが流れてきた。
「オメデトウゴザイマス!」
「あ、ありがとうございます!」
蘇州号はこんな粋な事もしてくれる。

コトンッ。
足立さんは缶ビールを僕に手渡した。
「そんないいですよ、足立さんこれから大変なんですから!」
「いいよいいよ、誕生日なんだから!」
足立さんもこんな粋な事をしてくれる。

***********

深夜2時、僕は目が覚めた。
いや、恐らく船に乗っている200人近くの人たちが同時に目を覚ましたかも知れない。
突然船が揺れたのだ。
波が荒くなっていた。
それからも断続的に船は揺れ続けた。

一揺れごとに皆は顔を土色に変え、酔っていく。
隣では嗚咽の声がする。
一方、僕は元気になっていく。
僕は乗物にめっぽう強いのだ。
どんな荒波の中でも本を読めるという大したことない特技があるくらい強い。
だから僕は展望風呂を目指し、そして甲板を目指した。

おおっ!
見事に海は荒れていた。
強風。
台風の日に田んぼのど真ん中に立った日を思い出す。
強風。
体が風下へと飛ばされていく。
濡れた髪はものの5分で乾いていた。
すぐ下の黒い波を見やると、揺れるでもなく弾けるでもなく、それは、ゆっくり、ゾゾゾと生まれてきていた。
生まれては消え、生まれては消える。
鳥肌。
不安。
夜の海の真ん中は怖い。
水しぶきが乾いた頭をまた濡らし始める。
どこが水平線だ。
真っ暗な海の上じゃ何も見えやしないが、
遠く、遠くに漁船の明かりが見えた。
水平線って何キロ先だ。
水平線ってどれくらい先だ。
グラングラン揺れる甲板で出もしない答えを考える。
俺何してんだ。
と、船が一段と大きく縦に揺れた。
と、漁船の小さい明かりが空まで昇った。

「おおおおおおおおおお!」

一人歓声を上げていた。
船の尻が大きく上がると明かりは深く沈み、
船の尻が大きく沈むと明かりは空高く舞い上がる。
星の高さ。

「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

僕は歓声をあげ続けた。

***********

「・・・おはようございます」

朝起きると、波は何もなかったかのようにいつもの穏やかさを取り戻していた。

「ニーハオ!」

あ、上海だ。

2008/01/11(金) 『27CHINA #0』
『#0 いつだってあっけなく幕は上がってる』
(東京−大阪)


誰だって静かな空間で鳴るバイブ音ってのは気になるだろう。

それは皆が寝静まったバスの中だと尚更で、
3コール以上すると人々は固く閉じた目を開きだす。
身動き一つせず、目だけが開く。
静かだった空気がほんの小さな動きで流れ出す。
やがて後ろの方で聞こえる溜め息、寝息、時折吐息。
次のコールからは皆、音の所在を探し出す。

僕は今、東京新宿から夜行バスに揺られ大阪梅田へと移動している。
バックパックを放り込み、
バスに乗り込むと疲れがドッとやってきた。
昨日までの舞台がフラッシュバックを繰り返す。
ああ、こんな演出も面白かっただろうな、
ああ、こんな台詞も足したかった、
全てが終わると不思議なほどに視野は広がる。
この余裕を常に持ち続けられれば、もう一段階上へ飛べるのに。
まあいい。
ひとまず眠ろう。
明日に備えて少しでも疲れを取ろう。
発車して10分もすると、バスの電気は全て消された。
ありがたい。
一刻も早く眠りたい。

やがて僕は心地よく深い眠りに入った。

「・・・・こんな時間に誰だよ」

しかし小さく唸るその音に目を覚ました。
寝惚けたままで、僕も発信源を耳で探す。

あ。


・・・・俺だ。

それは胸に抱いた厚いコートの中で響いていた。
どおりで小さく聞こえるはずだ。
被っていたニット帽を剥ぎ取ると僕は液晶明かりが漏れないよう急いで携帯を突っ込んだ。
それから隠れるようにメールを開く。


友達からのメールだった。

『誕生日おめでとう!最高の27歳を送りやがれ!』

あ。
そうだ。
今、僕は27歳になったんだ。

当たり前に実感なんてありゃしない。


80歳の僕、
ひとまず27歳の僕の始まりは中国に向かうことだったよ。
それが始まり。


27China


始めます。

1月絵日記の続き


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