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2007/04/12(木)
『舞台は開演前から始まるんだよ、僕一人の戦い』
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僕はよく『のど飴』をなめる。 本番が近づけば近づくほどその個数は増えていく。 のどをいたわって、なんて俳優さんらしい理由もなくはないけども、本当は落ち着くからなんである。 幼児のおしゃぶりみたいなもんか。
今日はいつもより早めにスタンバイをした。 暗幕に囲まれた舞台裏は暗い。 その中で小さな足下灯が煌々と光っている。 僕はより暗い場所を探して座り込んだ。
役どころや体調にもよるけども、ここ最近の僕はこうしていると集中力が増すみたいで。
暗がりの向こうでは、ざわざわとお客さんの声が聞こえる。 あと何分かあとにはあそこに自分が立ってんだなあ なんていつもどこか現実味がない。 最初の一歩を踏み出すまで、いつも現実感はない。 でもこの『ざわざわ』ってのは結構緊張するもんで。
僕はふとももをさすり、筋張った筋肉をほぐした。 水を飲み、くちびるをしめらした。 1回2回3回と余計に深呼吸をした。 そしてのど飴。
緊張を起こす為に早めにきて、その緊張を必死に解く。なんだか変である。
それでも一つ目を舐めおえると、間髪入れずに新しいのど飴を取り出した。
『2分前』
やがて囁くスタッフさんの声がした。 『宜しくお願いします』 僕は立ち上がった。 そして焦った。 まだのど飴が舐めおわっていない。 人知れず、僕の戦いが始まった。 牛の咀嚼みたいに口を動かした。 ピーチ味が舌にこびりつく。 急がなきゃ。 堪えきれずに薄くなった飴の端を軽く噛む。 小心者の心臓はバクバクだ。 飴を噛む音ってのは脳に響く。 まさか客席まで届きゃしないだろう、けどシンとした空間で飴を噛むってのは緊張するもんだ。 堅く閉じた口の中では、舌がてんやわんやの大暴れ。 急がなきゃ。 急がなきゃ。 やがて開く2日目の舞台。 僕は一歩を踏み出す。
2日目が、無事、幕を閉じた。
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