家主ケロケロぴーのあとから思い出し思い出しながらの日記です。
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最新の絵日記ダイジェスト
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2006/02/20(月) 寒かった島原城
 私は旅行に滅多に雨に降られないのですが、この日は、雲仙の地獄めぐりに出発した時は、降っていなかったのに、地獄めぐりで歩いていると、ざあざあと降られました。その上、霧か温泉の吹き出しの煙のせいで、視界がほとんどなく、道に迷うといけないので、行った道をそのまま戻るというまわり方をしました。私も母も、10年以上も前に雲仙行ったきりだったので、地獄めぐりも歩く道が整備される前で印象が違っていたし、ルートも変わってしまったようです。
 雨の中、山を下り、島原へ。島原城は、改修中で、シンプルな層塔型の天守が見ることができず残念。また、車の中にコートを置いて薄い上着姿で天守閣内を見てまわったので、すっかり体が冷えてしまいました。コンクリートでできた復興・復元天守は、冬は寒いと再認識(会津若松の鶴ヶ城で寒さは体験したはずなのに)。
 島原名物・具雑煮を食べ、武家屋敷を見、親戚の墓参りも済ませ、諫早の叔母の家に向かいました。
 写真は改修中の島原城。このときしか取れないこういう姿の城も好きです。

2006/02/19(日) 母との旅行
 母と長崎へ旅行へ行きました。と言っても、長崎市に行くわけではなく、今回は、雲仙・島原・諫早です。初日は、午後の便だったので、雲仙に入るだけですが、途中、千々石あたりの棚田がとてもきれいでした。運転しながらだったので、じっくり見ることができず残念。でも、石で積まれた棚田を見て、いつ作られたのか、どのくらい時間がかかったのかといろいろ考えてました。小浜も通りすぎ、予定より少し遅めに、一泊目の雲仙観光ホテルに到着。今回のレンタカーは3000キロしか走っていない新車なのに、ナビは、古かった……説明不足で案内を終わってしまったのですが、母が案内板を見ていたので、迷うことなくたどり着けました。
 思っていた感じより、とてもきれいなホテルで、とても70年を迎えたようには見えませんでした。外国人用に作られたホテルということで、天井も高いし、ドアノブはずいぶん上の方についていました。最近の改修で、ネコ足のバスタブも部屋にあり(今回は大浴場に入ったので未使用)、暖房の温度が細かくせっていできずに暖房機前のベッドに寝た私は、かなり寝づらかったのですが、それをのぞいたら、満足度は高いところでした。
 写真は、入り口からホテルを撮ると、こんな感じ……
 雲仙は、国立の公園内にあるので、景観を損なわないようにホテルや旅館の屋根が同じ茶系で壁がクリーム色か灰色で建物の色の指定があります。このため、すっきりとした感じがありました。ごちゃごちゃした看板も少なくて、日本の温泉街のイメージがかわりました。

2006/02/16(木) パン作り
 今私のマイブームとなりつつあるのがパン作り。今までも、月一回、おしゃべり目的で、パン教室に通っていたのだけれど、パンを自宅で作ろうなどと思っていませんでした。ところが、我が家には姑にもらったパン焼き機なるものが何年か前からあって、流しの下に押し込まれたままに。今年は、家の中のいらないものを整頓したいという目標があって、流しの下を片付けている時に、パン焼き機を発見。パン焼き機は不要品かどうかを決めるため、とりあえずパンを焼いてみようと、家にある古い強力粉とイーストを使ってパンを作ってみました。
 使ったことのないパン焼き機といつ買ったのか覚えていない材料たちでできあがったパンは、ちゃんとしたパンでした。その上、材料を入れるだけで、焼く過程までやってくれるので、作る手間や入れ物を洗う手間もあまりかかりません。何度か作っているうちに、家にある材料はなくなったので、パン教室の先生に10回分の材料を買って、朝食べるパンはなるべく自分で作ることにしました。(これで、パン焼き機は不用品リストから外れることになりました)
 今まで習ったパンのレシピをパン焼き機の分量に計算しなおし、とりあえず、数種類の成形いらずのパンを焼いていこうと、実験の日々……。このパン作り、いつまで続くかな。
 
 写真は、今日焼いたオニオンベーコンパン。やや発酵不足です。

2006/02/13(月) ミセスシンデレラ
 先週の平日の午後はめずらしく在宅、家での仕事中、テレビをつけながらの作業をしていました。そこで、十年くらい前の、見たこともない薬師丸ひろ子のドラマがやっていました。「ミセスシンデレラ」。私はまったく記憶にないので、初めて観るドラマとして、ちらちら観ながら、ドラマ鑑賞となりました。
 毎回『?』『?』の連続で、いったいこの話はどんな結末を迎えるだろうと、それだけで観続けていました。ところが、金曜、最終回と思いきや話がまとまらず、最終回はスペシャルで後半は月曜に流すというテロップ。『えー、来週まで引っ張るのぉ』
 月曜には友だちの家に行くことになっていたので、ネットで、このドラマを検索して、ラストはどうなるかしらべました。思わずため息……
 月曜、友だちの家でその話をしたら、『観な観な』と皆に言われ、観ることに。金曜放送部分を30分くらい流し、いつになったらラストかと待ち続けました。その間、周りの皆様も突っ込みを入れてくださり、わいわい言いながらのドラマ鑑賞。『私だったら、もどらない』『戻ったら、けんかするたび、蒸し返しよね』というのが、多数意見でした。
 『昔は、これにはまっていて、観ながらないてたのよね』一人の方が、ぽつり。『あのころは、最初の子を出産ぐらいで、感情移入していたのよ』。
 しかし、もう、小学・中学生の親となったこの日の観客たちには、「ミセスシンデレラ」のような夢を見ることは現実ばなれ……のようでした。

2006/02/11(土) 山道を歩く
 朝、出発まで、前向きになれませんでした。でも、この山道は一度歩きたかったし……ということで、今日は、山歩きをしました。
 葦毛(いもう)湿原まで歩き、そこからNHK中継地点と呼ばれるところまで、ひたすら歩きます。ここまでは昔一度歩いたことがあるのですが、急な部分が続くと結構足にきます。NHK中継地点すぎてから、この道(東海自然歩道のうちの葦毛湿原から入り普門寺まで)はもうここから下りかなと思っていたら、もう一度登りがありました。こういう想定外は、さっきより急な道ではなかったのに、気持ちがなえてしまっている分、体にはきつい……
 次に出たところは、船形山城址。もう少し遺構が残っているのかなと期待していたのですが、大して残ってないし、木を切って、これから切り開こうとしている状態。石でもごろごろしていると、城跡らしく感じるのですが、それもなく、ちょっと残念。なにしろ、今回の歩きは、この城址までの距離感を知りたいなーなんてのが、私の動機でしたから。けれど、ここからは下りが続き、山の中なのに、交差している道もあり、昔からの道であることがわかりました。
 このあたりから普門寺まで、割と整備されているのに、急な道が続き、天気が良好に関わらず、湧き水でぬれている部分、霜柱が解けてぬかるんでいる部分があり、何度も滑りそうになっておりました。
 見慣れた普門寺が出てくると、ホッ。30分くらいの山道は、城址めぐりでよく歩くのに、今回はちょっと長かったので、体的にきつかったです。出発は7次半だったのですが、10時には普門寺の門についていました。このくらい、朝早くから動くと一日が長いよね。ああ、今日も長い一日になりそう。

2006/02/05(日) 一冊目の御朱印帳が終わりました
 昨年の春から、御朱印帳を持ち始めました。お寺や神社に印を押してもらって、来たことの証拠残しを始めたのですが、先日やっと、片面終わりました。出雲大社から始まって、伊勢神宮あり、八幡社の総本山の宇佐神宮もあり。集めることが目的ではなく、行った先の記録のつもりだったので、バラエティーに富んでいます。断られたこともあり、一律かと思っていたら、「お気持ちで」という所もありました。私が御朱印帳を持って行くのを忘れていたので、紙に書かれたものを貼ってあるページも多いのですが、やはり、直に書いていただいたものの方が、記憶に残っています。目の前で墨をすって丁寧に書いていただけると、とてもうれしく、お礼は300円が主ですが、とてもありがたく思えます。行ったのに、御朱印のことを忘れて、もらってこなかった所もあります。
 ほぼ一年で、一冊目が終わり、次は、各国の一の宮専用を作ろうとか、寺と神社は分けた方がいいかなあとか、2冊目以降をどうしていこうかといろいろ思案中です。(御朱印はスタンプラリーではありませんので、お参りをしていただきましょう)
 写真は、先日行った大分県の宇佐神宮です。今回の旅で一番お世話になった大分の浄土寺は、滞在時間は長かったのに、すっかり忘れておりました。


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