たばたけんじの日記 (田畑 賢司)
元 岡山市議会議員 田畑けんじ の日々思うこと…
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2018/04/24(火) 背中押されて川へドッボン
泳ぎを覚えたのは小学校1年生だったのではないかと思います。もし違っていたとすれば2年生だったかも知れませんが、おそらく1年生で間違いなかったと思います。わたしたち家族が暮らしていたのはー岡山県都窪郡妹尾町妹尾藤野町ーだったと記憶しています。わたしの疑問は(何故町の中に町があるのだろう?)ということでしたが、それはさておき、藤野町にはわたしを含めて7人の小学生がいました。5年生が一人、4年生が一人、3年生が一人、2年生が二人、1年生が二人と言う具合に。わたしは1年生でした。同級生がもう一人いましたがこの時はわたしが一番最年少で同級生はいませんでした。このころは、町内や部落の上級生が下級生にいろんな遊びを教える学びの集団というものがありました。ある時このうちのメンバー5人が泳ぎに行くことになり、近くの川に出かけました。泳げないわたしも誘われて付いて行きました。先輩4人は泳ぎなれたものでみんな橋の上からザブンザブンと飛び込みます。そうするとカイツブリが遠くへ逃げていきます。それが面白くてわたしは橋の上から眺めていました。1級上のターラン(同前忠夫さんだったように思いますがその方の通称)が橋の下から「ケンチャン!飛び降りろ!泳げ!}と叫んでいます。彼らは泳いで鬼ごっこをしたりするなど遊んでいましたが、時折、そうしてわたしに「泳げ!飛び込め!」と誘うのでした。幾度か断っていると誰かがわたしの後ろに近づいていました。わたしは気がつきませんでした。突然、ドン!と背中を押されて、皮の中にドッブンと落ちました。それからは必死でした。もちろん犬掻きですが、やっとのことで岸に泳ぎ着きました。すると、「ケンチャン。泳げたが〜。よかったのお〜」と言って近寄ってきた4年生のテッチャンがその次の日からも平泳ぎやらクロールを教えてくれました。わたしも必死に練習しましたが、間もなくみんなと遊べるほどに泳げるようになりました。何事もやってやろうという勇気と努力が必要なんですね。シャイで引っ込み思案のわたしに欠けていた飛び込む勇気を教えてくれたのが近所の仲間であり、先輩たちでした。そんなシャイで引っ込み思案なわたしの背中を押したものにもう一つ”逆立ち事件”がありました。


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