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2018/04/20(金)
呼び出された校長室
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小学校3年生の学校での記憶にはもう一つ”校長室”での嫌な記憶があります。それはちょうどお昼休みのことでした。友だちと鉄棒で飛行機飛びをやっていました。まず鉄棒を逆上がりします。そして、次に腕を伸ばして鉄棒が腰の高さにまでくるように体を引き上げます。それから足を鉄棒の上に乗せ、両足で立ちます。そして、それから両手で鉄棒を掴んでグルンと後ろ周りに前方へ飛ぶのです。飛んだところへ棒切れで印をつけます。時々、言い争いが起きます。後ろに手をついた位置が違うとか、尻もちをついた位置が違うとかなどですが、そこはいいかげんなところで決着をつけて喧嘩になることはほとんどありませんでした。ひとしきり遊んだ後、仲間は教室に引き上げました。わたしが勝利した後の仲間すべての飛んだ位置へつけた印を足で消していたところ、学年が下の女の子が上級生にいじめられているのを見てしまいました。わたしは大声で「やめろ!」と叫びましたが、やめません。そこで石を三つ、四つ拾って上級生に投げつけました。上級生は逃げ、女の子も無事教室へ帰りました。ところが、2年生のクラスの窓ガラスが投げた石の一つが当たって割れてしまいました。「いじめた奴が悪いのだから仕方ないや」と思って教室に帰ったところ、早速呼び出しです。「すぐ校長室へ来い」とのこと。そのころのわたしには教員室も怖かったのですが、校長室など初めて行くところです。何といっても小学校3年生ですから。怯えながら校長室へ行くと「何故ガラスを割った!」と大目玉です。事情を説明しても分かってもらえません。わたしは理解してもらえないもどかしさにイライラしながら叱られていました。ですからどんなに大声で叱られても(俺は悪くない)と腹の中では思っていました。大人や社会に対しての偏見というか(斜にかまえて物を見る)癖がついたのはこの事件からかも知れません。ずっと後で聞いたことですが、母も呼び出されて、割れたガラス代を払わされたそうです。しかし、母はわたしには学校へ呼び出されて行ったことも、ガラス代を支払ったことも一言も言いませんでした。(ケンジがいたずらや悪さで窓ガラスを割ることはない。なにか理由があるのだろうと信じていてくれたのだと思います)母は目に見えない大きな愛でわたしを包んでいてくれたのでした。
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