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2018/10/13(土)
捨てる神あれば拾う神あり
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秋が深まった頃のことである。いつものように内山下小学校南下の金光道場へ練習に出かけた。道場主の金光先生は9段と聞いていたがわたしが通っていた頃はお亡くなりになられていたようだ。従って、わたしは一度もお会いしたことがなかった。いつものように受け身をしてから組み手練習をしていたところ、道場の畳と畳の間に隙間が出来ていたため、わたしの足がその隙間に入ってわたしは動けなくなった。ちょうどその時に体落としという技をかけられた。バランスを崩したわたしは受け身が出来ずに肩から落ちた。足と肩がグキッと鳴った。肩の骨が折れていた。足の方は大丈夫だった。わたしは気丈に「大丈夫です」と強がり、その日の練習を止めて、そのまま帰らせていただいた。内山下から自転車を大丈夫であった方の左手で支えて、押して帰った。家に帰ってから右肩がズキズキと痛み始めた。弟に手伝ってもらって右肩を柔道の帯でしっかり固めた。母は当然「どうしたん?」と聞く。わたしは「ああ、何でもない」と不愛想に答える。「医者に行きんさい」と母が言う。「大丈夫じゃ」とわたしが答える。しかし、横になることも出来ず、それから1カ月間は壁にもたれて眠った。医者に行くことを進めた母の提案を断った理由は、母の口癖「お金がない」がわたしを医者に行かせることを阻止したのであった。貧乏は体と心を壊す原因である。とうとうわたしはそのまま医者には行かずに放置した。自己診断ではあるが、鎖骨が折れていたのだ。そして、そのまま骨がくっついた。おかげで今でも左右の肩幅が違う。しかし、人生はまさに「捨てる神あれば、拾う神あり」である。これを機にわたしは道場通いを止めた。母は市場の仕入れが出来なくなったわたしの代わりに電話で注文し、配達依頼をすることになった。そのおかげでわたしは朝と夜の時間が自由になったのであった。そこで一年生の教科書は朝と夜に、授業中はその日のその時間の授業を受けることが可能となった。先生がわたしに指摘した「今の目の前のことも集中してやる」ことが出来るようになったのであった。夜のラジオからは「地球の上に朝が来りゃその裏側は夜だろう」という浪曲の声まで聴くことが出来るようになったのであった。ところが魔物はどこにでもいた。勉強をさぼれという誘惑を囁く輩はどこにでもいるのであった。
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