調査報告書
ヲタ日記
最新月全表示|携帯へURLを送る(i-modevodafoneEZweb

2010年11月
前の月 次の月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
最新の絵日記ダイジェスト
2013/09/13 バカ発見器
2013/08/08 ASBの話
2013/08/04 お誕生日おめでとう
2013/07/21 都民にはアホしかいないのか
2013/06/08 観光かぁ〜

直接移動: 20139 8 7 6 2 月  201212 11 9 5 4 3 1 月  201112 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  201012 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200912 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200812 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200712 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200612 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200512 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 月  200412 11 月 

2010/11/24(水) 「やっちゃん」の話
昨日の開演前の出来事。

コンサートホール内は禁煙につき、ホール入口(と云っても屋外)に設置された灰皿が唯一の喫煙スペースだった。
喫煙厨である私は木枯らし吹き荒ぶ中、指先がかじかむのも厭わず「最後の一服」とばかりに吸い溜めしていたのだが、やはり同じように吸い溜めしている女性がいた。
彼女は肩までの金髪を後ろできっちりとくくり、寒さで赤くなった耳にはエメラルドの小さなピアスが揺れていた。
やがてどちらからともなく「寒いですね」と話し掛け、及川さんのショパン楽しみですねと笑い合う。
と、そこへ会場ロビー内から背の高い男性がひょろりと現れ、私と話していた女性が彼に声を掛けた。

「やっちゃん、どうしたの」

やっちゃんは猫背のまま帽子に手を充て、ニコニコしながら我々に近付く。
「今さー、外から枯葉がホール内に入ってきたから、俺拾ってゴミ箱探したんだよ」
「うん」
「ないの、ゴミ箱。係りのお兄さんに訊いたらさ、ないんだって。で、お前はこの寒いのにまだいたの」
「吸い溜めしなきゃ。結局葉っぱどうしたの」
「渡したよ?」
「誰に」
「お兄さん」

二人のやり取りがなんだか可笑しくて笑っていたら、やっちゃんと目があってニコーっと笑われた。
やっちゃんは私に話し掛ける。

「去年の及川も来た?」
「いえ、一昨年は会場まで来たんですけど及川さん急病で…」
「あ、私達もその時も来たのよ、ねぇ?」
「そそそ、んで去年はねー、素晴らしかったよ」
「へぇ〜。今年ショパンイヤーじゃないですか、私凄く楽しみで」
「うんうん、ショパン楽しみだよねぇ。こいつ(彼女)なんかさ、俺のススメでクラシック聴いたらまんまとハマって」
「クラシックなんか眠くなるだけって思ってたのにね私(笑)ほんとそこだけはやっちゃんに感謝してる」
「だけかい」

やっちゃんと彼女はとても仲が良い。彼女が小脇に抱えていて落とした帽子を私が拾ってあげたら、「なんだよ今俺踏んでやろうと思ったのに」と悪態をつき、彼女に殴られていた。

クラシックの話を色々していたら、やっちゃんは私にひとつ質問をしてきた。

「俺さ、音楽教室みたいの通ってて、最初そこの先生にベートーベンの月光とドビュッシーの月の光って何が違うんすかねって訊いたの。ほらやたら月の曲ってクラシック多いじゃん?……で、先生は何て教えてくれたと思う?」

私は、誰かとこの話をするのは初めてだった。
昔、そう、もう7〜8年も前かも知れない、此処ではないサイトの日記にちらりと書いた事はあるが、閲覧者も覚えてないような、しかも私が日記に書いた元ネタは中原中也の詩であって、音楽史の授業なんかではないのだ。



月の美しい或る夜、男は庭に出て空を仰いだ。
ふと気付けば少女がひとり、佇んでいる。
男は少女に声を掛けた。
──月の綺麗な夜ですね。
すると少女は小さく微笑み、彼にこう告げた。
──私は目が見えないので、月の美しさが解らないのです。
男はしばし考えると、少女の手を取りピアノの前へ連れていった。彼は鍵盤に優しく触れると、盲目の少女にこう言ってピアノを弾き始めた。
──こんな風に、綺麗な月です。

これが、ドビュッシーの「月の光」です。



私がやっちゃんにそう言うと、やっちゃんは私の右手を取って自分の頬に擦りつけた(←www)
「ああ〜(スリスリ)俺この質問してこんなにちゃんと答えられたひと初めて〜すげ〜(スリスリ)」
「ちょw、やっちゃんあんた何してんのっ」
「いーじゃん、ちゅーしてないよ?していいならするけどさぁ」
「いやいや何言ってんのw、あんたね、私がいるからまだこの人ちゃんとしてんだなって解るけど、私いないとあんた只の変な人だからね!?」
「ハグしたいっ」
「だめっ」

私もこの質問してきたひとは初めてですよと、苦笑どころか爆笑しながらスリスリされるがままにしていた。

「ほら手を離しなさい、ごめんね〜、この人ほんと"はんかくさい"んだから」
「はんかくさいって北海道弁だったか?」
「そうよ。あ、この人青森の出身なの。結婚して21年」


……70をとうに過ぎている二人は、お互いに連れ合いを早くに亡くし、50過ぎて一緒に最期を迎える相手として選び、再婚をした。
二人の空気にいやらしさなど微塵もなく、ただ残りの人生を笑い合う為に、一緒にいる。
なんて素敵な夫婦だろう。


座席について二人を探すと、二階席で何やら揉めているのか奥様がやっちゃんの頭をパシパシ叩いていた。
きっとまたやっちゃんが何か変な事を言って、「バカね!」とたしなめられているに違いない。


歳の離れた友人が出来た。

本名も知らない、連絡先も何も知らない、けれどあの場所に行けばきっとまた会える。
その時は、私は駆け寄って、金髪の奥様と背の高い彼の背中に「やっちゃん!」と呼び掛けるだろう。
そして振り向いたやっちゃんは、きっとこう言う。


「ドビュッシー!」




いや、わしドビュッシーちゃうけどもやねwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww


 Copyright ©2003 FC2 Inc. All Rights Reserved.