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2009/06/14(日)
明恵(みょうえ)夢を生きる2
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法然に始まり一遍まで、数々の新仏教が興隆した鎌倉時代におい
て、明恵は釈迦本来の仏教を極めようと隠遁し孤独な修行に励みます。
19歳から夢記を書き始め、60歳で入定するまで、その時代を生き
たにしては非常に合理的な思考を持ちながらも「夢」というもの
を単なる夢とせず、ユングの深層心理学の域に用い、活用した稀
有な人。
34歳の時、後鳥羽院から高山寺の地を下賜される頃には、50人の
弟子たちに慕われるようになり、我が身の修行と共に衆上を導き
助けることにも力を尽くすように公的にも活躍。
平安〜鎌倉〜室町と続く激動の時代に敵方の武士や公卿の婦女子
を匿って罪に問われるところ、反対に北条泰時を感服させ、明恵
の思想性を元に「貞永式目」という明治憲法に至るまで、長期に
わたってわが国を支える有効な「法」として活用されることの基壇となる。
つづく
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