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2003/10/08(水)
仮退院の当日に遺族にだけ教えること
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各種メディアの伝えるところには、元「少年A」は現在、更生の「審理」中らしく、遺族にのみ知らせる出院先のエリアなどの範囲は極めてあいまいにしているようです。 詳細記事は、下記の通り。
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/local/kobe_serial_killing/
いまだに、「酒鬼薔薇聖斗」を偶像化するだけで、彼が生身の体を持って、僕達の社会の中で実際に部屋を借りて生きていく「ただの人間」なのだということがわかってない人も少なく無いですが、彼のことを好きだと言いながらも、いざ彼が頼ってくるなら蜘蛛の子をちらすように逃げる真似はしたくないものです。
「彼」を遠巻きにして高みの見物をダメな大人たちはしてきましたが、それと同様に噂話に終始するだけでは、「彼」はそういう輩を快く思わないでしょう。
「同情するなら金をくれ」とは、『家なき子』というドラマで野島伸司が書いた台詞ですが、「彼」には居場所も職場も金も保証されていないという現実の困難があり、その困難に手を貸すことからは逃げ、ただ自分達の偶像として祭り上げるだけでは「彼」は浮かばれないと思います。
偶像化するのは個人の自由ですから、否定されるべきではないでしょう。 しかし、それだけでは結局は、「彼」を仲間はずれにしている「正義をふりかざす」大人達と同じか、あるいはそれ以下の興味本位な態度にすぎません。 仮退院前に僕らができること、自分1人でもできることを考える必要があります。
「仲間」うちでうなづきあっても、自分のさみしさを満たすだけで「彼」はすくわれない。 そこに気づいてほしいと思うのです。
「彼」が再び同じ間違いを犯さず、また、彼の言動によっては通り魔や連れ去りのような無差別殺傷事件の予防にもつながり、それこそが僕ら自身の生活と命を自衛する1つの有効な手段になりうるのだという想像力を持ってもらえれば、うれしいです。
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