Chakoのきまぐれ日記帳
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2004/01/31(土) 流し目。
皆様はNHKの大河ドラマ「新撰組」を見てますか?

何と豪華なキャストでしょう。私は久々に「毎週決まったTV番組を見る」という楽しみが出来ました。
(年のせいか、最近すっかり「連続ドラマを見る」と言う事が出来なくなり・・何でだろう??「どうしてもこれを見たい」
という意欲が無くなってしまっていたのです。)

脚本家の三谷さんは大好き。彼は天才だと思うのです。奥さんの小林聡美さんのキャラも大好き。
香取慎吾もいい・・・爽やかでいいねぇ。

でも、何といっても最高なのは土方歳三役の山本耕史でしょっ!!彼は昔の大ヒットドラマ
「ひとつ屋根の下」で江口洋介の弟役、というイメージが強かったけど、
今回あまりに素晴らしい役者になっていたのでものすご〜〜く感動してしまった。

目線とか「にやっ」と笑う時の口元とか・・・もう絶対にどの役者より上手いっ!!!
(いい仕事してるねぇぇぇぇ・・・・)とひたすら見とれてしまう。(((((((((((((*ノ▽ノ)イヤーン

皆さんは新撰組でどなたがお好み?
沖田総司役の藤原竜也も可愛いけどね。うふ♪(* ̄ー ̄)v

2004/01/30(金) 止められない・・
昨日久々に美容院へ行った。

・・・髪の長さはまだいいのだけれど、頭のてっぺんが黒くなってしまった。(ちょっとプリン状態・・。)
いい年をして、ヤンキーだと思われると困るので今回は近所でヘアカラーだけしてもらった。

自髪が生えたとき、「これからは髪の毛を大切にしよう」と心に誓ったのに、いまでは洗いっぱなし・・・。
染めるのも体にも髪にもあまり良くないと分かっているのに、どーも「顔が暗く見えるような気がして」
黒髪に戻せない・・。
一度染めてしまうと黒くするのにすご〜〜く抵抗があるのは私だけであろうか?
最近は友達で髪を染めていない子を見ると「偉いなァ・・。」と、ちょっと尊敬してしまう。

このままいつまで染め続けるのか??
それともこのまま白髪染めに直行か??
ああ・・誰か助けて。ヘアカラー・・・やめられない、止まらない。(=_=;) 

2004/01/29(木) Made in・・・
再建のゴールが見えてきたこの頃・・・。シリコンについて思う。

どうして日本の企業はシリコン製造を再開しないのか。
答えはひとつ。厚生省が安全性を100%だと認めていないから・・・。
だから、現状の人工乳房(シリコン)は、医師が個人の責任のもと「並行輸入」という形を取らざるを得ない。

アメリカで起きたシリコン訴訟について知っている事を書こうと思う。

1992年、シリコンによる豊胸手術を受けた女性が「副作用によって膠原病になった。」と製造会社(ダウコーニング社)
を相手に訴訟を起こした。医者やシリコンを製造していたアメリカ中のマスコミが、シリコン製の危険性を書き立て、
日本の週刊誌などでも話題になったという。

この裁判の焦点は、シリコンを胸に入れることで人体に悪影響が出るかという点だった。
当時の判決では膠原病はシリコン豊胸手術のせいだと認められ、原告は莫大な補償金を得た。
しかし、その後になって彼女の膠原病は、豊胸手術の前からだったということが発覚。
世間を混乱させ、莫大な負債を抱えたダウコーニング社を倒産に追い込んだ彼女は
補償金ほしさに後遺症をでっち上げた「ただの詐欺師」だったのだ。
以来シリコン=怖いもの、悪いものというレッテルを貼られ、使用が禁止となってしまった。

現在のアメリカでは、すでに安全性が認められて使用が再開されてるが、日本では、いまだに
製造も輸入も禁止状態。したがって医師が個人的に並行輸入する以外に方法がない。

だからシリコンはこんなに高い!!!すごく高い!!!それに日本人の胸の形とは微妙に違う・・。
フランス人にはフランス人の、アメリカ人にはアメリカ人の・・そして日本人には日本人の胸がある。
日本人はとても器用で繊細だ。どこかの企業が国内でのシリコン製造を再開してくれたら、
きっとより日本人にフィットした素晴らしいシリコンが、今よりもずっと安く出来ると思う。

「よし!それならば我が社が国内でシリコンを造りましょう。」と名乗りを挙げてくださる企業の方、
勇気と熱意を持って厚生省へGO!!!!!!

2004/01/28(水) いちご・いちご・いちご
いちごの季節になった。

最近のいちごはどんどん進化している。毎年甘くなり、大きくなりツヤツヤのピッカピカになっている。
この前食べたいちごなんか、ものすごく大きくて「これはいちごの形をした新しい食べ物ではないだろうか?」
と・・・しばし、考え込んでしまったくらいだ。

あそこまで大きいと「食べる」・・・というより「かぶりつく」と表現したほうが正しいのではないだろうか。
日本人ってすごいなァ。美味しいものに対する探究心は、絶対に日本人が世界一だと思う。

私が子供の頃のいちごはもっと、もっと小さくて酸っぱかった。
「これはお砂糖と牛乳をかけて潰して食べるもの。」と決まっていたのだ。
それでも緑色の実がだんだん赤く色づいてくるのを見ると嬉しくてワクワクしたものだった。
何度もいちごがある畑を見に行ったっけなァ。

当時あったぶどう畑の隅に植えられていたいちご・・。
(もうすぐ食べられる〜。)と楽しみにしていたその矢先、私に何の断りもなく(当然だ)
両親から「あの畑はお隣のおじさんの家のと交換したよ」と教えられたのだ

《(~△~;)》ショオ〜ック!★「畑なんかどうでもいいけど、いちごを食べ終わってからじゃ遅かったのか〜っ!!」
幼心にとても悔しかった。初めての衝撃・・絶望と言っても過言ではない。

だから私はちょっとだけ(?)普通のひとよりはいちごへの執着が強い。
来週は房総へ、この時期恒例のいちご狩りに行くのです。
みんながご馳走様した後もひとりで黙々といちごを食べ続ける私・・・。
呆れられてもいいんだも〜ん。(^▽^喜)

2004/01/27(火) 一芸か2級か
再来年から私が住む区内で「公立の中高一貫の学校」が開校になる。

この辺では中学受験をするこどもがかなりの割合を占める。
私なんか山梨の「ど田舎」で、高校まで公立が99%当たり前の環境で育ったので「中学を受験する事」
そのものに驚いたくらいだ。 ←おまけに通学はチャリンコ+ヘルメット。)
そう・・まるで「はなわ」の唄のようだ・・。

昨年10月のその学校の説明会では、な、なんと保護者3000人が集まったと新聞に載っていた。
定員は知らないけど、モデル校だからそんなにマンモスではないはずだ。
せいぜい5クラスとしても150〜200人といったところだろうか・・・。

しかもその中の1割は「日本の伝統芸能が出来る子を優先」にとるのだという。
お囃子、将棋・・のようなものらしい。う〜〜〜ん、そう来たか!!
普通に推薦をとるとしたら「漢字検定2級」「英語検定2級」そのほか色々と条件があるらしい・・。
漢字検定というのは全くわからないのだけれど、2級というとかなりのレベルだそうだ。
それに英検2級などというのは、ちょっと勉強したくらいで小学6年生が受かるとはとても思えない。

・・・っていうか、そこまで出来たら怖いって・・・。誰が決めたんだかなァ。(´ヘ`;) なんでかなァ〜

2004/01/26(月) 生きる権利
親が中学3年生の子供を虐待して逮捕された。

その子はたった24キロしかなく、今は意識すらないという。
近所や学校では「いつかこうなると思っていた。」と何人もが証言していた。
「ほら、やっぱりね。」・・・それで済むことなのか。

切なくて胸がいっぱいになってしまった。
児童相談所も学校も友達も警察も・・・誰も彼を救えなかったのか。街中の噂になるほどだったというのに・・。
虐待の中で彼は何を思い、何を感じていたのだろう。
信じられるものは何も無かったのか・・意思を持つ事も、生きる事も諦めていたのか・・。

虐待・・・・この世からこの事実が消えることは無いのか。

今から15年くらい昔の事になる・・・。
ロスアンゼルス行きの飛行機に年配の女性と一緒に赤ちゃんが乗っていた。
多分生後、3ヶ月か4ヶ月だったと思う。色が白くてとても可愛い女の子だった。

ロスまでは9時間位かかる・・。でもその子は一度も泣かなかった。そしてもっと驚いた事に一度も笑わなかった。
抱き上げてあやしても、歌を歌っても何の反応も無い。目は見えているのに、聞こえているのに・・。
小さな体は暖かく柔らかいのに、まるで人形のように無表情だった。

入国カードの代筆を頼まれて、初めて事情を知った・・。彼女は捨て子で養護施設で育てられていたのだった。
法定代理人の女性と共に、これからロスの里親のところに行くのだという・・。
書類を見ると父親も母親も不明となっていた。

付き添いの女性は到着までその子に話しかける事すら無かった。
気になって、気になって仕方がなかった・・。
でも結局は何も出来ない無力な自分・・。私はあまりに不憫でトイレで泣いてしまった。

その子は生まれてたった数ヶ月で人を信じる事も、人に甘える事も諦めてしまったように見えた。
時間になると定期的に無言で哺乳瓶のミルクを与えられ、時間ごとに無言でおむつを取り替える・・
そこに人間としてのつながりは無かった。

今でもその子の事を鮮明に覚えている。ロスに着いたとき、「顔色が良く見えるように・・。」
とほほ紅を付けられていたあの光景が目に焼きついている・・。
あの子は今、幸せに暮らしているだろうか・・人の優しさや暖かさに包まれて
笑顔の似合う子に成長しているだろのだろうか。

2004/01/25(日) 鯛めし
りんごをバリバリ食べている。

娘が「りんごの皮むき練習中」だからだ。今年のりんごは一度もハズレがない。
み〜んな蜜入り・・。美味しいねぇ。私はふじみたいに堅い、堅いりんごが好き。

娘が台所に立つ姿を見て遠い昔を思い出した。
私が初めてご飯を作ったのは・・・多分小学校3年生か4年生の頃だった。
母は忙しかったから結構スパルタで、テーブルにその日のメニューを書いた紙があるだけ。
一番困ったのは「味噌汁を作って、鯛めしを炊いておきなさい」と書かれていたあの日。
台所にぽっつり置かれた土鍋と鯛・・・「こ、これを一体どうするんだよォ???」
その日はとうとう出来なくて、多分すご〜く落ち込んだんだと思う。今でも時々「あの時はひどかった!!」
と涙ながらに(?)母に訴えるのだが、「だって、遅かれ早かれ料理は必要なものなんだから一緒でしょ?
感謝して頂戴。」とアッサリ言われてしまうのだ。(恐るべし、超マイペースな私の母・・・。)

確かに料理は必要だから娘にも時々教えている。
でも10才の娘に置手紙だけで夕飯を作らせる度胸は私にはない。
それを思うとやはり母はすごい人だったのかもしれない。私を信頼していてくれていたのか、
それとも単なる放任だったのか・・・それは定かじゃないけど。
ε=(>ε<) プッー!

2004/01/24(土) Target
患者はいつでもターゲットなのか・・。

病気になったとわかったとたん、やってくる宗教へのお誘い、バカ高い健康食品あれこれ。
あやしい治療法、健康グッズ・・・・・・・。ヽ(`⌒´メ)ノ

「それ!いけ!」とばかりに患者を「カモ」にすして群がる業者たち・・・・。
患者はね、一生懸命なんだよ。一生懸命信じているんだよ。だから裏切らないで。

患者は賢くならなくてはいけない。
人を疑る事を覚え、何が本当で、何が嘘なのか見極める力を持たなくては・・。llllll(−_−;)llllll

2004/01/23(金) バイオリズム
ずっと日記をお休みしてしまった・・・。

何だか力が出ない・・。バイオリズムで言うと「曲線がグ〜ンと下向き」の一週間だった。
こういう時、焦っても仕方が無いのはよく分かっている。
気持が上向きになるのをひたすら待つしかないんだよね。

2004/01/18(日) ホルモン治療その2
同じ治療を受けている友達がため息をついていた。

「肌の張りが全くなくなっちゃたのよね。しわやシミがすごいし・・。気が滅入るなぁ。」
うん、うん。わかる、わかる、その気持ち  ・;+゜・(ノД`):・゜+:・。

私の肌も全く張りがありません・・。(と、言っても以前が「ピチピチ」だったワケでは無いけど・・。)
ホルモン剤を飲み始めるとき先生が「肌年齢は60歳代になると思うから覚悟しておくように。」と言っていた。
・・・しかし、覚悟って・・覚悟って一体どうすればいいんだぁぁぁ??

「私はホルモン治療を終えて、こんな良い事があった。」または「こんな良い事があるらしい。」
というような情報をお持ちの方はいませんか?? あったら是非教えてください。

う〜〜。今日も寒いなァ ヘークショイ!!∴∵(≧Σ≦#)

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