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2004/08/23(月)
複製技術の倦怠
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なんだか急に寒くなった。おれが、ではない。気候が、だ。 夏が終わってしまうのはなんとなく切ない。だけど、恋人たちのための夏が終わるのは、やや嬉しい。
夏は落葉樹にとっては紅葉して葉が落ちてしまう前の季節だし、多くの昆虫にとっては繁殖の(つまり、死んでしまう)季節で、高校生なんかにとっては高校総体や甲子園とかでひとつの区切りの季節であったりするわけだ。いわば、なにかが無くなってしまう直前の時期なんですな。
いろんな場面でクライマックスを迎えるだけに、いつもより、鮮明になにかが無くなってしまうことが意識されるわけだ。「無くなってしまう」という口惜しさが、消えていってしまうものをいとおしく感じさせ、切なくさせるのだろうか。夏の風物詩の花火なんかも、それ自体そういう技であるし、その比喩でもある。なにかが消えていくが、自分はどうすることもできない。無力感もまた、その興奮をいっそうのものにする。
なにか大切なものが無くなってしまうのは切ない。 なにかが無くなってしまうことが大事なものを気づかせる。 大切なものは永遠ではない。
ひとりの人間のオスの性欲は有限だが、人間のオスの性欲は四季にわたって無限、つまり永遠。 う〜ん、名言。 ヤマダ君、座布団全部もっていきなさい!!(ウマ)
b!j
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