Zooey's Diary
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2007/09/22(土) 東京JAZZフェスティバル2007
有楽町国際フォーラムで行われた東京JAZZフェスティバルに夫と行って来ました。今日の出演はリー・リトナー、ボブ・ジェームス、ケイコ・マツイ、エリック・ベネイ。

実を言うと私はジャズがそれほど好きではないのです。
80年代にフュージョンが一世を風靡したときには、グローバー・ワシントンJr、ラリー・カールトン、デイヴ・グルーシンなど一通りよく聴きましたが。だから、今日のリー・リトナー、ボブ・ジェームスなどにも、非常に懐かしい思いはあります。それに夫が、休日の午後などBGMとして家でよくかけているので馴染みはあります。
でも、いつまでたっても演奏者の名前とか曲名とか覚えられないのです…

今日は12時開演、3時半までくらいの長丁場。
リー・リトナーの底抜けに明るいこと!彼の音楽には、何処までもカリフォルニア、サンタモニカやマリナ・デル・レイ辺りの青い空と爽やかな風の匂いがついてまわっているような気がします。
そして、ボブ・ジェームスのパワフルなこと!あの小柄な白髪の老人の身体のどこに、あれだけのパワーがあるのか…。ケイコ・マツイとボブが連弾したりして、もうやりたい放題という感じ。

ジャズのコンサートやクラブに行く度に感動するのは、出演者たちがみんな、実に楽しそうに演奏していること。
なんたって、アドリブの世界ですから…。勿論、その影には、日頃の地道な練習があるのでしょうけど。
あの姿には、ジャズをよく分かっていない人間にも十分に楽しめます。
音の饗宴に酔いしれた土曜日の午後でした。

東京ジャズフェスティバル http://www.tokyo-jazz.com/

2007/09/17(月) 「リトル・ミス・サンシャイン」
2006年アメリカ映画。
サンダンスを始め、多くの国際映画祭で、スタンディング・オベーションの絶賛を受けたという心温まるロードムービー。第19回東京国際映画祭で最優秀監督賞、最優秀主演女優賞、観客賞など最多3部門を受賞。

“リトル・ミス・サンシャイン”とは、ちびっ子美少女コンテストのこと。 フーバー家の末娘・オリーヴが、この地方予選を繰り上げで突破。一家は総出で、アリゾナからコンテスト決勝会場のカリフォルニアへと、黄色いフォルクスワーゲン・ミニバスでひた走ることになるのですが…
この一家の面々が、揃いも揃って変わり者揃い。
常に勝者であれ!と独自の成功論を振りかざすものの、実際にはまるで成功していないパパ。ヘロイン中毒で老人ホームを追い出された毒舌ワガママ爺さん。生徒に失恋し、自殺未遂をおこしたプルースト研究家にしてゲイの伯父。ニーチェにかぶれ、家族を嫌悪して一言も喋らない空軍パイロット志望の息子。唯一まともそうに見えるママですら、ケンタッキーのフライド・チキンとスプライトで夕食を済ませようとする手抜き主婦(アメリカでは珍しくもないのかもしれませんが…)。
オリーヴは素直な愛らしい子どもですが、ミスコン予選を通ったということが何かの冗談としか思えないような、おなかプックリ、小太りの眼鏡っ子。

一般的に言えば、この家族は見事に”負け犬”揃いなのです。(負け犬"loser"、勝ち組"winner"という言葉はこの家の主の口癖で、全編を通して何度も出て来るのです。)
しかもみんな自分のことしか考えてなくて、てんでバラバラ。挙句にお互いを嫌い、軽蔑し合っている。寄ると触ると喧嘩ばかり。 そのバラバラ家族を結ぶ唯一の接点が、天真爛漫な末っ子オリーヴを愛している、という点なのです。
次から次へとアクシデントに襲われながらなんとか決勝会場到着。
そこの最終審査でオリーヴが見せたダンスとは…
そしてそこで、オリーヴを救う為にバラバラな家族が恥も外聞も捨ててとった行動とは…

家族とは不思議なものだと思います。
人生の大きな壁にさしかかったときー例えば手痛い失恋をした時とか、受験に失敗した時とか、仕事で挫折した時とかーに、いかに暖かい家庭があろうと、それは根本的に自分を救ってはくれない。
それでも明日が見えないほどに絶望的になった時、どんなことになろうとも自分を信じて愛してくれる家族がいるということは、どれほどの慰めになることか…
この、世間的には”負け犬”バラバラ家族が、末っ子が窮地に陥ったときに、どれほどの力強い結束力を見せたことか。そしてそれは、この先、オリーヴにとっては勿論、家族の誰にとっても、暖かく揺るがない拠り所になることは間違いないでしょう。
笑って泣ける映画です。

「リトル・ミス・サンシャイン」http://movies.foxjapan.com/lms/

2007/09/13(木) 「ミルコのひかり」
”1971年イタリア・トスカーナ。映画をこよなく愛する10歳の少年ミルコは、不慮の事故により両眼の視力を失ってしまう。両親から遠く離れ、全寮制の盲学校へ転校させられる。自分の目が見えないことを受け入れられず、心を閉ざすミルコ。
だがある日、学校の片隅で古ぼけた一台のテープレコーダーを見つけ、そこから知った音との出会いが彼に新しい世界の扉を開かせることになる。
やがて彼の自由を信じる気持ちが閉ざされた世界に留まっていたクラスメイトたちにも夢と希望を与え、周囲の人々や世論をも突き動かしていく・・・”(パンフより)

映画の中ほど、夜中に寮の洗面所で、ミルコが電気のスィッチを、何度も何度もパチパチするシーンがあります。気がついた寮の小間使いのような女性がどうしたの?と声をかけると、点かないよ、この電気壊れてるよ、とミルコが答えます。太った女性は思わずミルコを抱きしめるのです…

ここで私の涙腺は切れました。事故によって視力を失ったとはいえ、それまでミルコは、うすぼんやりとは見えていたのです。微かな視力は残っていたのです。
しかし、この時点から、完全な闇の世界へと突入したのです。トスカーナの陽光きらめく自然の中でのびのびと育った少年にとって、少しずつ視力を失っていくということが、そしてまったく失ってしまうということが、どれほどの恐怖であることか。どれほどの絶望であったことか。

絶望感から心を閉ざしたミルコは、やがてテープレコーダーを使って音を操ることによって、自分の世界を作ろうとするのですが、それは最初、厳格な校長先生によって頑なに拒否されます。校長は、盲人に可能性などない、いかに社会に迷惑をかけずに生きていくかを教えるのが我々の役目だという考えを譲らないのです。そして規律を破ったミルコは退学になりかけるのですが、ミルコの才能に気づいた若い神父の熱心な働きかけによって、学校の制度そのものが変わっていくのです。

この校長の古い考え方は、当時のイタリア全体の考え方でもあったようです。障害者の個性や可能性を認めず、規律を押し付けて生きる術を身につけさせるのが、障害者教育だという。まだたった30年前に、このような酷い考え方がまかり通っていたのですね。当時、視覚障害者は選択の余地無く盲学校に入らなければならなかったようです。しかし、このミルコの事件をきっかけに、普通学校への入学も、認められるようになっていったのだそうです。

これは、今第一線で活躍する、イタリア映画界の盲目の音響技師ミルコ・メンカッチの実話に基づいているといいます。子どもの才能に気がつき、それを伸ばしてやろうとすることが、いかに大切であるかということを痛感しないではいられません。
原題は、"Rosso come il cielo "(空のように赤く)。
ミルコが盲学校で出会った、生まれつき全盲の友人フェリーチェに、赤ってどんな色なの?と訊かれて、空の色、夕焼けの色だよ、と答えるところから来ています。

私は後半、泣きっぱなしでした。心洗われる映画です。

「ミルコのひかり」http://www.mirco-hikari.com/

2007/09/09(日) 新潮文庫百冊
本屋さんのカウンターに「新潮文庫百冊」のカタログが置いてありました。

http://www.100satsu.com/viewer/

この中で私が読んだ本は77冊でした。
1、2列目の日本文学、5列目の世界文学などは、はるか昔に制覇していますが、新しいのがやっぱり駄目ですね。

読んだ中で好きなのは?と聞かれたらいっぱいありすぎて困ってしまいますが、これから旅行に出かけるのに5冊持って行くとしたら…
「塩狩峠」「江戸川乱歩傑作選」「罪と罰」「十五少年漂流記」「赤毛のアン」
あたりでしょうか。
どれも子供の頃、繰り返し読んだものです。
何十年ぶりに読んでみたい!

「かもめのジョナサン」なんてブームになったというだけで、たいして面白いと思わなかったけど入ってますねえ。
ベルンハルト・シュリンクの「朗読者」、これはお勧めです。あまり知られてないようですけど数年前に書かれた本で、かなり感動しました。
「フェルマーの最終定理」なんて入ってるし…w
これは読んでないのですけど、面白いのかな?

写真 ベネツィアのマスケラ

2007/09/06(木) 寡黙になったゴンドリエーレ
ベネツィアのゴンドラといえば、横シマのTシャツに赤いスカーフを小粋に巻いたゴンドリエーレ(漕ぎ手)が陽気にカンツォーネを歌う、というイメージだったのですが… 残念ながら、今、歌は有料になったのだそうです。

でも、ゴンドラの料金も結構高いのです。
一隻40分80ユーロ(12000円)、それを同乗者5,6人位で割るようですが、勿論チップも要ります。一曲くらい歌ってくれてもいいのに、と思ってしまいますが、私の船のゴンドリエーレはとっても静かなオジサンでした。40分乗ってる間に、狭い運河を何十隻ものゴンドラに行き交いましたが、歌っている姿は一度も見かけなかったなあ…

そういえば、ラスベガスのホテル・ベネツィアン(ラスベガスという街は面白い街で、エジプト世界そのもののホテル・ルクソールだの、パリの雰囲気そのままのホテル・パリスだの、色々な都市をテーマにしたホテルが林立しているのです)にはちゃんと運河も作ってあって、そこのゴンドリエーレたちは陽気にカンツオーネを歌ってくれました。
あっちの方がサービスでは勝ってますね。そりゃ、雰囲気は比べ物にならないけど…

ゴンドリエーレという職業は、殆ど世襲制なのだそうです。
しかも、完璧な男社会なのだそうです。
近年、ドイツ人の若い女性がベネツィアに何年も住み着いてがんばり、その実技試験に受かったのだそうですが、結局干されてしまったのだそうです。
http://www.misatosys.com/ER/R07/70401.html
(ここには、試験に受かったことだけ書いてある)

そんなに頑張ったのに、可哀そうに。
イタリアでも、まだまだ旧態依然とした風習が残っているのですね。

2007/09/05(水) イタリア式朝食
イタリアで拍子抜けしたことのひとつに、その朝食があります。
ホテルの朝食は、硬めのパサパサしたパン数種類、ハム・生ハム・サラミなど数種類、チーズ数種類、シリアル、ヨーグルト、マチェドニア(数種の果物のシロップ漬け、缶詰が多かった)、ジュースにコーヒー、という感じでした。要するに、切ったり並べたりするだけのcold dishが多かったのです。

コンチネンタル・ブレックファーストは、火を通さない冷たい料理が多いということは知っていたつもりでしたが、例えば東南アジアに旅行に行っても、アメリカ資本のホテルに泊まることが多かったので、ほかほかの卵料理(オムレツなどは目の前で焼いてくれる)、肉料理、ポテト、パン、シリアル、フルーツ、ジュース、コーヒーといった豪華なアメリカン・ブレックファーストに慣れてしまっていたのです。
スローフードの国イタリアでもこんななの?とちょっと意外に思ったのでした。

考えてみれば、イタリア生活が長い料理研究家の渡辺怜子も、その著書「フィレンツェの台所から」で
「イタリア人は朝食に重点を置かないから、コーヒーと甘いパンだけの朝食である」と断言していますし
チョイ悪オヤジとして知られるジローラモ氏も、著書「食べちゃおイタリア!」(これはつまらなかったが、異文化を覗くことはできた)の中で
「イタリアの子供は、はてしなくミルクパーセンテージの多いカフェ・エ・ラッテに市販のビスコッティ(ビスケット)や堅いパンにヌテッラ(チョコレートナッツ・スプレッド)を塗りつけたのを浸して食べる、大人になると、バールでカプチーノとコルネット(甘いパン)というのがイタリア式朝食である」と言い切っているのです。
本当にそうなのかな?
例えば個人経営のペンションなどの朝食もこんなに簡素なのでしょうか?

写真 フィレンツェの八百屋さん


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