ロバの耳
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2005/05/22(日) ミステリ・『死の周辺』ヒラリィ・ウォー/高橋豊訳
 古本で関先生に見つけてキープしてもらっていたハヤカワポケミスの絶版本です。先日会った時に頂いてきました。ポケミスも1966年当時は330円だったのですね。今は1000円近くするというのに。ちなみに本書の古本屋での価格は800円弱でした。

「長い貨物列車が速度をゆるめてピッツフィールド駅の構内にはいったとき、アリー・ウェルズは線路の横の石炭がらめがけて飛び降りした。はずみで投げ飛ばされて転倒した瞬間、彼は、線路から身をよけることに全力を集中した。インディアナ刑務所のおなじ囚房に貨車に轢かれて脚を失った囚人のことが頭をかすめる。石炭がらは彼の手をはぎ、全身にすり傷をおわせた。小さな黄色の信号灯の鉄柱にはげしく衝突して停まったが、打撲傷をおっただけで汽車に轢かれずにすんだ。息をころし、暗闇のなかを轟然と通りすぎる車輛の黒々とした列を見送ったあと、アリーは仲間のトニーを呼んだ。彼も無事に飛び降りていた。アリーとトリーの二人組は何くわぬ顔で人気のないプラットフォームを通りすぎ、ピッツフィールドの街中に出た。刑務所で知り合ったチャーリィの妹をたずね、宿を借り、今後の生活を考えるつもりだった。
 だが、その女ロレーヌは、色っぽい肢体に似合わず、彼ら一枚も二枚もうわ手をいくしたたかな女だった。若いアリーを色じかけで手もなく籠絡し、やがてとんでもない犯罪の道へと誘いこんでいった……
 一作ごとに評判を高め、英米に揺るぎない地歩を占める俊英がおくる警察小説の傑作!」
(本書裏表紙より)

 ヒラリィ・ウォーの地味さは私の好みとしても、この作品は誘拐殺人をテーマとしてそれを犯人の側から書くというあまり私の好みでない演出を使った作品です。それでも軽い読み物として楽しむことができました。

 ウォーは良心的な作家なので何気なく書かれた描写に数々の伏線が張られています。それが物語の陰の部分を説明してくれているのですが、慣れた読者ですとそれらのほとんどに気がつくことができ、事件の真相をちゃんと読みとることができるようになっています。そしてそれがミステリとして欠点ではなく、一つの楽しみとなっています。

 彼の作品の多くはシニカルでアイロニカルです。登場人物達の中には救われない、あまりにも悲劇的というか運命の皮肉にもてあそばれる人物もいたりするのですが、彼の押さえた描写はそれをことさら誇張しません。そこが私の気に入っているところです。本書でも、本当は気弱で優しく、また世間ズレしていないゆえに殺人や犯罪という泥沼にはまってしまうアリーという青年が登場します。彼はうまくすれば3ヶ月で出られる刑務所から脱獄し、トニーにそそのかされるまま窃盗、強盗、ついには警官殺し、誘拐、殺人にまで手を染めることになります。しかし、その愚かしさがほどよい距離で描かれているので、読んでいて疲れません。枯淡の切れ味とでも申しましょうか。


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