ロバの耳
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2005/05/18(水) ミステリ・『わが職業は死』P.D.ジェイムズ/青木久恵訳
 久しぶりに大好きなP.D.ジェイムズが読めました。
 一年くらい前からまだ未読の彼女の作品が読みたくて、最新作だと思っていた『原罪』が書かれたのがもう十年前ですから、いくらなんでも一冊くらい新作が出てるのではないかとAmazonで検索していたりしたのですが、ヒットしなかったのですね。
 それで最近は翻訳がされていないのかと思ってじりじりしていたりもしたのですが、先日の東京行のおり、新宿の紀伊国屋のミステリ・コーナーを覗いてびっくりしました。未読のP.D.ジェイズが新作を含めて数冊出ているんです。我を忘れて買いそろえようとして、危うく思いとどまりました。今・先月とまったく収入の望めない状態なものですから、一冊千円以上もする本を四、五冊一気に買うわけにはいかないのです。私は泣く泣く引っ張りだした新作を棚に戻し、旧作ですが最近翻訳されたばかりの文庫一冊だけを手にしてレジに向かったのでした。それが本書です。

「犯罪の科学捜査を行うホガッツ研究所で深夜、所長代理のロリマーが殺された。現場は現状に戸締まりされており、外部から侵入した形跡は見あたらない。冷徹で高慢な被害者は所内の嫌われ者で、誰からも反感を買っていた。多すぎる動機、密室の謎……ダルグリッシュ警視長は周到な尋問と鋭い推理で、犯罪捜査のエキスパートたちの間に生じた殺人事件の複雑な糸を解きほぐしていく。現代ミステリ界の女王が放つ本格傑作」
(文庫本カバー裏表紙より)

 とにかくP.D.ジェイムズの作品というのは読んでいて面白いのです。別に密室の謎がどうとか、犯人の意外性がどうとかいう問題ではなく、その文章が面白くてたまらない。文章もそうですが人間描写などですね。特に詩人でもあるダルグリッシュは本当にカッコイイ。私にとっては理想的な性格を持った人間、とっても魅力的な人間なのです。ですから読みながらいつも感じることは、結末を知りたいという欲求と、この小説が永遠に終わらずに続いて欲しいという矛盾です。

 彼女の文章はとても丁寧で淡々としていて、例えて言うなら落語の古典の名人が、笑いのとれるところだけを誇張したりせず細部もじっくり演ってかつ聴衆の気をさそらさせないという名人芸のようなものですが、冷めた視線で見ると、それでも省略のためのご都合性というものは存在します。
 章の転換部分で誰かが何かを終えた時、都合良く次の章へのとっかかりが起きるとか、突然の電話がかかってきてタイミングよく新たな情報がもたらされるとか。小説を書いていたりすると、作者の都合で都合の良い展開というか、回りくどく語られるのが嫌な読み手のための展開でもあるのですが、そのために現実的ではない展開で書くべきか、もちろん、そうであることを読者に意識させない手腕が必要なのですが、うまくそれが出来ているのか、これでいいのかどうかと悩むことがあります。あまりにも現実に即していない展開ですと、その話が嘘の物語であることを読者に意識させてしまう。もちろん、読者も初めから嘘の物語であることは百も承知なのでしょうが、そこを旨く騙して欲しいという欲求もあると思うのですね。
 いや、それが本書の面白さを損なっているとか、そういう話ではなく、P.D.ジェイムズでもそのようないわゆる物語をだれさせないための、展開優先の省略法を用いているのだなぁと思うと、なんとなくホッとするというか、創作の上での参考になるというか。ちょっとそんなことを思いました。

 本書は本国ではすでに1977年に出版されて、ハヤカワ・ミステリでは81年に刊行されていたのですね。三十年近くも前の作品が自分の中では最も素晴らしい文章のように感じられてしまうのはあまり良いことではないのかもしれません。先端の流行に鈍感であるということなのでしょうから。でも、性分なので仕方ありません。

 今回の東京行でまだ数冊未読のジェイムズがあると知り、今後しばらくの楽しみがまた出来ました。次は数年前に文庫で出ていてなぜか見逃していた『ある殺意』辺りを入手したいと思っています。(今ちょっと検索したら、『ある殺意』は古本価格で100円! 送料の方が何倍も高い……)


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