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2005/10/10(月)
本・「天井のトランプ」泡坂妻夫 講談社文庫
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6日に触れた「面白い本」とは別なのですが、これもまた面白い本には違いありません。ひさしぶりに本棚から引っ張りだしてパラパラとめくったら、つい全部読んでしまいました。
泡坂妻夫は一時期、はまっていた作家ですが、読まなくなってから十年くらいたちます。原因は直木賞を取ってからミステリの新作をあまり出さなくなったことと、文章、特に登場人物の名前のセンスにユーモアがありすぎて、ケレン味を感じるようになったことからです。
本書の魅力は手品をネタにした切れ味鋭いトリックはもちろんなのですが、なんといっても主人公の曾我佳城です。知的で美しい元女奇術師。まだ三十を過ぎたばかりの未亡人です。
本作が出たのは昭和五十五年、もう二十五年も前ですが、その頃の三十才って今よりもずっと大人に感じられますね。私もすっかり彼女より年が上になってしまいましたが、精神年齢は彼女の方がずっと上な感じがします。また、こういう年上の綺麗な女性タイプには弱い。音無響子症候群≠ニでも申しましょうか。そういえば響子も最後の年齢は二十七でしたが、今の私よりもずいぶんと大人っぽい感じがします。(注・響子さんは漫画「めぞん一刻」のキャラクター)
最近、またちょっとした手品ブームですが、良く行われているネタに、観客に選ばせたカードを好きなところに入れさせて、マジシャンがトンと指で叩くと一番上に上がってくる、というネタがあります。また、カードを破るなどして目印をつけ、それをレモンなど果物の中から出してみせる、というネタも。これらは実はマジックの基本中の基本、古典中の古典として、本作品中でも取り上げられているマジックです。本作でも優れたマジックは時代を超えて再演されていくと語られていますが、まさにその典型なのでしょうね。
本書は短編集なのですが、以前、読んだ時とは「いいなぁ」と思う作品が変わりました。今回読んで一番良かった話は「空中朝顔」。この話は七つの短編の中では唯一、主人公の佳城さんがほとんど活躍しない話で、トリックの面から見てもそんなに驚くようなものではないのですが、叙情的というか、とにかく雰囲気がいい。
『空中朝顔』 朝顔の品評会で不思議な朝顔が咲いていました。地面から伸びているべき茎がなく、花だけが空中で咲いているのです。一人の麗人がその前で足を止め、熱心に観察したあとで譲って欲しいと申し出ますが、この作品は事情があって譲れないと断られます。
亡くなった父親の趣味を受け継いで、朝顔作りに手を染めた秋子は、毎朝浴衣姿でジョギングをするという変わり者・裕三と、顔を合わせているうちに親しくなります。やがて結婚を申し込まれますが、裕三はまだ学生で秋子よりも年が下。親戚からは財産目当てだ、遊ばれているだけだと反対されますが、二人は結婚をします。
ところがその裕三は「キミをきっと驚かせるような朝顔を作る」と言った年に、スキー事故で亡くなってしまいます。そのスキーには同年代の若い女性も一緒に行っていた様子。それみたことか、他に若い恋人を作っていたのだと責められる秋子ですが……。
空中で花を咲かせている不思議な朝顔の前で足を止め、熱心に観察していたのが曾我佳城なのですが、この短編集中最も短い話は、最も味わい深い話となっています。
「天井のとらんぷ」は恐らく講談社文庫では絶版でしょうが創元推理文庫から出ていますし、「曾我佳城全集・秘の章 戯の章」として講談社文庫から出ています。
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